8月23日 恵比寿アンニュアージュスクールご報告
「恵比寿アンニュアージュスクール」第2回においでいただいた皆様ありがとうございました。
今回の講師は石井竜也さん。石井さんもアンニュアージュトークから何度もお世話になって、ながーいお付き合いをしていただいている方です


始まる前に楽屋で石井さんと、日々新聞紙面に踊る、親子においての悲惨な事件の話しをした。何でだろうね、この国はどうなっちゃうんだろう?って。石井さんは、この尋常でない暑さは、人々の精神に少なからず影響を与えてるんじゃないか、寒い国と暑い国の人々との総体的な違いが良いも悪いも明確にあるように、と。
確かに気象は気性にリンクする。
他にも中年の男が一番自立出来ていないのかも、などなど、さすがおしゃべりのプロ、の石井さん。本編前にお話しが盛り上った。それで少しまあく的に楽ちんになれた。
というのも、前回第1回姿月さんのお話は、感動的で学ぶことが沢山あった。14歳で親元を離れ特殊な世界(宝塚)に入った彼女を、どう両親が支えたか。それは、当日姿月さんにお持ちいただいた、手紙やカード、母親手作りの表彰状、細かなメモ、お年玉袋にいたるまで、全て姿月さん自身が丁寧に保存していた何冊もの膨大なファイルがもの語っていた。
そんな楽しくて深くて深い第1回を終えて、今回石井さんという、中身凝縮の才人に、ヘタなインタビュウしか出来なかったらどうしよう、と、柄にもなくプレッシャー感じてしまっていたのだ。
というわけで石井さん本編だが、持参して下さったのは、石井さんが十代の頃に描いた、お父様との思い出の、貴重な二枚の絵と一枚の絵の写真だ。


お話が始まると、彼らしいサービス精神で爆笑が続いたが、去年、79歳で亡くなったお父様の闘病を見つめてのお話は、常にかろやかに生きているイメージの石井さんからは遠い、重くて深いものだった。
幾つになっても子供は親に誉められたいのだ。石井さんにとってお父様は、最初のプロデューサーだった。小さい頃から石井さんの絵を誉めてくれ、こんな風景を描いたらどうか、と、石井さんに色んなアドバイスを下さったそうだ。高校生の頃、最年少で日展で入賞したのも、そんなお父様があってこそ。
その、賞を獲った「閉ざされたもの」という絵が持参していただいた1枚だ。暗い色使いの中央に、燐としてものうげなヌードの少女。写実でありながら少女のバックに広がる雲のうねりなど、印象派とも呼べる作品だ。もう一枚の「漁民の宿」と題されたものは、実に見事な写実で描かれている。これも、壊される猟師たちの集会所を描いてくれ、と、お父様がおっしゃったそうだ。



そして、写真の1枚「休息の港」
「実物の絵を持ってきたかったが、実家に置いてあるので。ひょっとしたら親父が売っちゃったかな」と、石井さんらしいテレで冗談のように言いながらも、ふと遠くを見るような、いとおしそうな石井さんの顔がじっとその一枚を視つめた。
そこには港に休む一人の男性の姿があった。「珍しく親父が絵の中にいるんですよ。背中姿だけど」
どれも石井さんとお父様との貴重な絆の作品だ。
そうして、「石井竜也」が誕生したのだ。
「親父は初めて自分の才能を認めてくれた恩人」
そんな石井さんにとって親以上の存在であったお父様の死は、1年と4ヶ月経っても今だに納得できないものがあるように、まあくには感じられた。
お父様の辛い治療の姿を語る石井さんの表情は、それが昨日のことのように、ご自身のことのように、辛そうだった。
そして、たまたまの偶然が重なって臨終に立ち会えなかった、という一抹の後悔は、あまりにもけなげに見えた。お父様は立派になった石井さんを充分過ぎるほど見届けて逝ったのだ。お幸せだったのだと確信する。でも石井さんにとってはどうにも無念が残るのだろう。
勿論その気持ちも痛いほど解る、なんて軽々しくまあくなどが言うのも憚られるが、そんな無念も、お骨を入れた時の慟哭も、それもこれも、きっと石井さんの底知れないお父様に対する優しさ、愛情、に他ならない。
会場から嗚咽が聞こえた。まあくも胸が一杯になった。が、ここでまあくが泣いたら石井さんも話せなくなってしまう。努めて冷静にお話を聴くことに集中した。
それでも、お父様の思い出を話していて、今初めてあの時の親父の気持ちがわかった、と、笑顔にかえって何度も自分自身で納得するように頷いている石井さんを見ていると、公に話すことで、少しでも昇華された部分もあったのでは、と、スクールの役割がまたひとつ、明確になったような気がした。
これまで、息子なんていらない、ってずうーと思っていた。
男の子なんて小さい時からカサ高いし、大きくなったらエラそうにするし、結婚したら奥さんの実家にばかり気を使って。なんて、結局母に迷惑ばかりかけてるまあくの実の兄を見ていたからだ。(それでも母はこの兄を一番愛しているのだけど)
でも石井さんの、つかず離れずお互い影から応援しあってる、息子と親との関係を聞いて、つくづく息子もいいかも、と思ったりした。
それにしても、子供を誉める、ことは子育てにとって実に大切なことだ。
まあくだってそうだ、父親を早くに亡くしてるから、末っ子だから、余計母親に認められたい、という気持ちが強かった。素敵な仕事をして母に誉めてもらいたい。そんな気持ちで頑張ってきた感が、人並み以上にあったと思う
ザンネンながらうちの母親はまあくの仕事にあまり関心ない人だ。無関心だから、誉めることも出来ない。
せめてまあくの出来ること、せっせとお小遣いを送って誉めてもらおうとした。そのたびに「ありがとう」の手紙は来るが、これがコピーでいいじゃん、って思うくらい毎回同じ文章(姿月さんの膨大なお手紙が実に羨ましかった)それに時が経つと、それが“当然”になった。結局、まあくは母親から心底喜んでもらったり、感動的に誉められたことは、ない。
「まあは何でそんなにひねくれてものを考えるかね」とよく筑紫さんに言われた。やっぱ母親への感情が影響しているのかもしれない。
それもあってか、自分の娘たちのやることについては、煩いと思われるほど注目している。いつも、本気で「キミは天才だ!」って。娘たちにとっては「親バカだなあ」みたい(笑)
石井さんが父親と母親のバランスが大切、とおっしゃっていたが、
夫は小さい頃の娘たちのことはよく誉めていたが、年頃になると、注意ばかりしていたような気がする。だからまあくが甘いのは、バランス的には正解なのだろう。
他にもたくさん楽しいお話もしていただいた。
なかでも女好き(石井さん談)のお祖父ちゃんのお話しは爆笑ものだった。
ホワイトボードに書いてくださった、いくつかの文字の深い意味も、“目から鱗”だった。(例〜大人は、人に一本横線が入ってオトナになる。この1本が“理性”だったり“責任”だったりする、などなど)
お母様が、お父様が亡くなられてからどんどん女っぽくなっていく、なんて、息子でこそ、の目線も興味深い。
周りの人々を大切にするためには、“個”を大切にすること。自分一人の時間を大事にしないと、家族にも本当に優しくなれない、と。このお話は実に印象深いものだった。そして、ご自分の楽曲「たとえばキミがいると〜〜」と、実際に歌をうたって、その状況を説明してくれた石井さんの、なんて歌声の素敵だったこと!
うわーん!役得!!




最後の質疑応答では、次回講師の前田日明さんが飛び入り出演。
石井さんから前田さんに「試合に出る前どうやって気合入れるのか?」って逆質問あったけど、前田さんがなんて答えたか、覚えてません。(石井さんが空手二段だって初めて知ったけど!)
でも客席からの「営業のこつは?」についての質問には、実に前田さんらしい具体的なお答えがあって、石井さん共々爆笑で納得。
時間オーバーしちゃってたから、アセって、後ろの方の男性の方、質問聞けなくて本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。
石井さんに、ご両親の懐かしい記事(子育て三か条)をご持参いただいた女性の方、ありがとうございました。
次回から、もっと時間読んで、質問コーナーの時間きっちりとりますね。




というわけで、ホント、石井さんが胸襟を開いて実に深いお話をして下さり、家族というものを深く考えさせてもらった。ありがとうございました。
まあくの母にはこれからも元気で長生きして欲しい。もう、それだけで、いい。
まあくの出来ることを、出来るだけやってあげる、それだけだ。
そして自分の娘たち二人にとっての、自分の存在、は、とても幸せなものだと、改めて大切にしたいと思った。
皆様はどんな感想をお持ちになりましたか?
また皆様からの宿題のレポート、楽しみにしていますね。
石井さんとまあくで拝見させていただきます。
選ばれた2名様への豪華商品内容はホームページで詳細ご覧下さいませ。
以下は、今回のアンケートにあったご意見です。
*「前回といい、今回といい、とても深いお話しに感動した。改めてきちんと読みたいので、冊子なり、本なり、にして欲しい」
*「質問は、アンニュアージュトークのときのように、質問用紙に書くようにしたほうがいい。手を上げる勇気がないから。」
*「出・欠を取るのをもっと早くにして欲しい。1ヶ月前にとって、2週間前には席番号を送ってください」
以上、に対して皆さんのご意見いただければ嬉しいです。
6回全部の回に出席していただいた方の中から、抽選で5名さまに講師全員のサインとメッセージの色紙をプレゼント!現在お二人のサインが入りました!

- 2010.08.30 Monday
- 恵比寿アンニュアージュスクールご報告
- 18:44
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- by markmasako






