YEBISU亭第30回記念回速報!!
ファイナルを迎えた第200回コーセーアンニュアージュトーク。

- 2010.03.05 Friday
- YEBISU亭ご報告
- 13:27
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- by markmasako





















2009年の締めは、やっぱ馬でしょう。でも29日まで仕事が溢れ諦めてたら、
うちの小島くんがけなげにも「まあくさん、ずーと忙しかったから、馬、乗ってきてください」
お言葉に甘えて、年末ぎりぎりぎりに千葉県の成田近く、富里乗馬クラブへ。
此処は、八ヶ岳に行く間隔があきすぎるとき、夕方には仕事に戻れる手軽さで、
次女と二人通っている。
八ヶ岳の馬仲間には「まあくがこそ連(こっそり練習)やってるところ」ってことになっている。
次女はすでにスキーのため山に入っていて、初めてまあく一人で富里へ。2日間で4鞍。
トミー、モーガン、クァイアット。3頭ともこれまでにも乗ったことあるけど、“全員”もちろん性格が全く違う。
それぞれ指示の出し方も違う。最初はつい、慣れた馬、ってきめてしまいがちだが、
1鞍づつ違う馬に乗るのもいい勉強になる。って、最近わかった。
「千鞍千頭」って、八ヶ岳仲間のみっちゃんが言ってたし。
トミーは確か、最初の頃乗った馬で、とにかく動かない、って印象。
モーガンはけっこうスムーズに指示が伝わるが、速足していて、しょっちゅうお尻をぴょンぴょン跳ねさせる。「虫がとまるから」って、意外と神経質かも。
クァイアットは、以前1回乗っただけ。うーん、やっぱ動かない、って印象だったが。
今回先生に、4鞍とも基本のことをおさらいしてもらった。
並足から速足、並足に戻って、駆け足。スムーズに馬が動けるよう、ひたすら“指示”の練習。
やみくもに駆けまわるだけじゃなく、馬とのコミニュケーション。
今年3月からおおよそ100鞍近くも乗ってて、障害も跳ばせてもらってて、
今更ながらの基本を出来ないていたらく。
どの馬乗ってもスムーズにはしる川名先生見てると、確かにそうだ。馬がどうのこうの、じゃなく、
ひとえにまあくの馬への伝え方が、ヘボ、だったことが判明してくる。
年明けは、パンダと温泉、南紀白浜へ行くので、きのくに乗馬クラブで何鞍か乗っけてもらおう。
おかもと先生、ディォニソス、お久しぶりです。ディォくん、跳んでますかあ?!
それにつけても、八ヶ岳、行きたいよう。レイカーシー、パープル。
ヘボなまあくを跳ばせてくれて、改めて、エライなあキミたちは。
大木大先生の苦労も、今になって思い知りました。
ってなわけで、2009年、"反省”で締めくくった、まあくの乗馬でした。
皆さんも良いお年をー。
トミーを調整中の川名満先生。やっぱ全然動くんだわ。

トミーと。ピンクのヘルメットは八ヶ岳のたけちゃん先生オススメ、ピンクの鞭共々ゲット。

白馬めっけ!何か考え込んでそうな顔がいい。お名前、次回おせーてね。
広く白い面が可愛いモーガン。足も4本しっかり白はいてます。
お気に入りのお帽子、かめい先生にかぶせてもらうモーガン。
チョーチョー可愛い。
額の星印がりりしいクァイアット。よく駆けてくれました。

次女が大好きなブラッキー(ブラックペッパー)。
八ヶ岳ではホワイティー(ホワイトダンサー)だったのに、一転!何それ?!
モーガン、やっぱ可愛い!!

















ありがとうアンニュアージュな仲間たち
先週12月11日、2009年最後の「コーセー・アンニュアージュトーク」第199回が終わった。ゲストはサウンドクリエーターの浅倉大介さん、先頃真矢みきちゃんと結婚されたバレダンサーの西島千博さん、そして日本一多忙な政治学者、姜尚中先生。いつもは各界トップのツーショットトークだが、ファイナルカウントダウンスペシャルヴァージョン編、ということでお3人の登場となった。
来年2010年2月開催の200回で、アンニュアージュトークは最終回となる。
第1回は、20年前、1990年の9月だった。代官山の200人も入ると満員になるスペース“代官山ザ・ガレージ”でスタートした。第1回のゲストは、作家の北方謙三さんと、歌手の田原俊彦さん。このツーショットが決定した時、このトークショーの「ビッグツーショットが本音で迫る!」というコンセプトが決定した。それから20年、異業種、各界のトップの初顔合わせを実現してきたのは、まさに奇跡というほかない。コーセーさんの宣伝部とマーク・アイという出来立てほやほやの制作会社の、手作り感覚のアットホームな中でこそ実現した、しかし中身は壮大なトークライブである。
思えば、この第1回のキャスティングからして奇跡だ。当時田原さんは、ベストテン1位の常連、ドラマは{教師びんびん物語}に主演する視聴率男、所属のジャニーズ事務所は編集出来ない“生”のトークショーに田原さんをおいそれとは出さない。それを出ていただいたのはひとえにご本人の強い意志だ。
「ザ・ベストテン」という歌番組の構成作家だったまあくは、毎週ベストテン登場歌手とスタジオで会い、取材と称して、タレントさんたちとおしゃべりしていた。田原さんが北方さんの大ファン、と聞いたのもベストテンの楽屋だ。そんな情報が、その後も近藤真彦さんや、TOSHIさん(現−X・JAPAN)、甲斐よしひろさんたち、かつてトークショーに出演したことないビッグな方々の出演を可能にした。(それもユニークなお相手とご一緒に)
その後、会場は、原宿スピリホール(キャパ250人)、渋谷ビーム(キャパ350人)に移り、現在の会場でもある恵比寿ガーデンプレイス・ザ・ガーデンホール(キャパ800人)となった。コーセーさんのホームページのコンテンツともなり、毎回40万人以上の女性たちに閲覧していただいている。
出演者も、長島茂雄さんと芸術院会員の画家絹谷幸二先生、市川団十郎さんとカリスマ作家京極夏彦さん、新之助時代の市川海老蔵さんと宝塚トップスター愛華みれさん。他にも、小泉純一郎さん、グレイのTAKUROさん、篠山紀信さん、河村隆一さん、壇れいさん、と、次々と斬新な皆さんに登場していただいた。
中でもアンニュアージュトーク最高の恩人は、筑紫哲也さんと、格闘家の前田日明さんだ。
筑紫さんはこのトークライブの意義を、いつも皆さんに説いてくださった。「100の演説より、アーティストの歌や作品が、彼らの素直な言葉が、メッセージとしてストレートに届く」だからこのアンニュアージュトークの場はとても重要だ思う、ゲスト二人の“化学反応”はその後の広がりとなり、それに何と言っても、楽しい。板の上の人がこんなに楽しんでいるんだから、観客が楽しめないわけがない、と。ふらりと遊びに来てくれての飛び入り出演も含めると、多分15〜6回以上出ていただいただろう。瀬戸内寂聴先生や、姜先生を紹介していただいたのも筑紫さんだ。
そして前田さんだが、(現在でもそうだが)20年前現役選手時代の前田さんは、もうカリスマもカリスマで、芸能界・文壇、特に男子には、異常に前田ファンが多かった。他のトークショーには出ないけど、前田さんとならぜひアンニュアージュトークに出たい、と皆さんが言ってくださったのだ。奥田瑛二さん、吉川晃司さんもそうだった。美輪明宏さんも。でも前田さん側希望は女性が多く、その頃丁度噂になってた女優の石田えりさんとの登場時は、観客数に迫る200人ものマスコミが詰め掛けた。
筑紫さんも前田さんも、20年前アンニュアージュトーク誕生以前からの友人(というか、筑紫さんは“お父さん”だったが)だったから、まあくの構成作家という職業と、この二人の“親友”がいて、アンニュアージュの発展があった、と言っても過言ではないだろう。
もちろん、アンニュアージュでお知り合いになり、その後、素晴らしい方々を紹介していただいたり、多数回登場していただいた、北方さんや、美輪さん、吉川さん、西城秀樹さん、石井竜也さん、も忘れられない恩人だ。北方さんに紹介していただいた大浦みずきさんもそうだ。大浦さんもこの“場”をとても気に入ってくださって、多彩な皆さんとご登場していただいた。
天海祐希さん、真琴つばささん、姿月あさとさん、和央ようかさん、瀬奈じゅんさん他、大勢の宝塚トップスターの出演を可能にしたのは、最初に大浦さんに出ていただいたおかげ、だと思っている。大浦さんとは、アンニュアージュトーク以外にも、20本を超えるダンスと歌のショーを創った。本当に忘れられない、まあくの初めてのミューズだった。
読者の皆様も楽しみにしていてください。
ご支援いただいた大勢のファンの皆様にも、心よりありがとうございます。
そして何よりも、20年、長きに渡りスポンサードしていただいたコーセー様に、
文化教養に多大な理解をいただいた小林禮次郎社長(当時)、一緒に制作した堀ちゃん、橋田さん(当時)はじめ宣伝部の皆様に、心より感謝します。
2010年2月22日(月)第200回、これまで多数回出演していただいたゲスト15人が登場しての豪華なファイナル回です。皆さんのおいでをお待ちしています。
そしてまた「コーセーアンニュアージュトーク」がどう生まれ変わるか、ご期待下さいせ。
☆アンニュアージュトーク詳細はMARK&Iホームページにて