〜1月22日恵比寿アンニュアージュスクール第6回ご報告〜

 

2010年度最後のスクールは、元国連事務次長であり、現在も大学教授など多忙を極める明石康さんだ。



明石さんとはこれまでパーティーや結婚式などで何度かお会いしていた。

明石さんの自伝「生きることにも心せき」にも書いてあるが、明石さんの奥様のお父様がコーセーの創業者故小林孝三郎さんである。コーセーの記念大会で、まあくがプロデュース・演出したタンゴのコンサートをご覧いただいたこともあった。


そんなご縁もあって、今回講師のメンバーにお名前連ねていただけたのだった。

日本人で初めて国連職員となり“世界一有名な日本人”と言われた方に、どこまで素のお顔を出していただけるのか。



事前に、ご挨拶も兼ねた打ち合わせに、現在理事長も務めていらっしゃる国際文化会館の執務室にお邪魔した。そこに掲げられた首相時代のサッチャーさんなど各国首脳と渡り合う明石さんの緊張感あふれる数々の写真を前に、また凄い方に講師をお願いしたものだと改めて畏れ入るが、目の前の紳士は限りなく優しい。そして本番でも、きさくに気楽に真摯に、多彩なお話しを繰り広げて下さったのだった。


 

秋田県で精米業を営んでいたお父様のこと、100組を超える縁談をまとめ、そのひとつも離婚がないことを自慢にしていたお母様のことなど、これまでほとんど人前では話す機会のなかったというご両親のお話しも実に生き生きと語っていただいた。世話好きで活動的だった母親を見ていて、人の役に立ちたい、と思ったとも。



そして、国連での足跡。中立という立場を守りぬく難しさ。徹底して武力行使を拒絶するその勇気。どれほど非難をあびようと平和のために粘り強く交渉に努めた偉大な一人の日本人の姿がそのお話しから浮かび上がる。キリングフィールドと呼ばれたカンボジア内戦の中、暗殺の予告さえ受けながら、民主的な選挙を実現させて行く行程は、この小柄な柔和な紳士の中に、激しいほどの平和への情熱があることを思い知らせてくれる。

わたしたち母親や母親予備軍がこのような世界情勢の話しを聞けるのは、実に貴重だと思う。明石さんもそうだったが、子供が最初に一番影響を受けるのは母親なのだ。母親こそ、もっと世界の、この国の行方を見すえて行きたい。

 


そして、実際の子育てとも言える「明石塾」でのリーダー論も。

今の政治外交を見てもわかるように、日本から世界に通用するリーダーが出ないのは何故か。塾だ受験だと目先のちまちましたことに、勝ち組だ負け組だと一喜一憂する教育ではなく、もっと根幹からの指導が必要と明石先生は説く。

 


そして、ホワイトボードに書いてくださったリーダーシップ教育7項目

 

1、道草や試行錯誤の時間をとる。

2、自分なりの疑問を持ち続ける。

3、自分と違う意見の人と話す。

4、結論を急がず熟慮を重ねる。

5、奇策に陥らず正攻法を貫く。

6、運命の女神は前髪しか持たない、と知るべし。

7、(熟慮の結果)決断したら振り返らない。


 

以上のことを実現できてこそ、使命感や将来のための進路を決める力を持つことが出来、学校の勉強にも自ずと邁進出来る、ということなのだろう。

皆さんメモしておられたが,その一つ一つを丁寧に解説していただいた。

2、には、「生意気と言われても」という言葉が始めにつく。確かに今の若い子って物分りよすぎるきらいがあるもの。なんか、はなっから去勢されてる感じ。物事疑問を持ち行動すると、「自己責任」だ何だって世間からたたかれる。何も出来なくなって小さくまとまってしまうしかないのか。世界がより近くなった現在、留学生の減少って現実。明石さんが留学したころは、アメリカまで11日間かかったのに。

 

他にも少子化問題や英語の学び方のお話しも。女性が社会進出したら子供を生まなくなる、と以前大バカ政治家が言っていた。先生曰く、全然間違っている。女性の地位向上こそ子供を生むべき大事な土壌。そうです先生そのとうり!

そして英語はぺらぺらしゃべろうとするよりも、その国の文化を学び理解することが大事。英語に限らず人を説得したいときは雄弁に語るのではなく、相手の話しをじっくり聞くことのほうが大切。前回の姜先生もおっしゃっていたことだ。「聞く耳を持つ」

まあく的には、わかっちゃいるけど、で、反省しきり。

明石さんが日本人初の国連事務職員に招かれたきっかけとなったスピーチも、立て板に水、の英語ではけっしてなかった、と。

またアメリカ育ちの先生のお子様との文化的ギャップのお話しも興味深かった。自分の父親と同じで、子供たちには何もうるさいことは言わなかった、そうだが、お嬢様はハーバードご出身。

 

皆様との質疑応答も英語上達の話しになったが、とにかくその国の文化や違いを識り、自分の国日本の文化を識ること。今はとにかく欧米人としゃべってなんぼ、の英語レッスンが流行っているが、学校で学ぶ基本の文法などをしっかり身につけることが絶対大事、だそうだ。

 

そして、今回は2010年度の最終回、ということもあって、弟2回講師の石井竜也さんからのメッセージが映像で流された。

 


そして、登場したのは、弟4回講師の吉川晃司さん。弟1回講師の姿月あさとさんも、直前に迫った舞台の稽古が終わり次第駆けつける、とおっしゃっていた。が、明石さん、吉川くん、まあくで、落ち着いてお話しが出来たことはある意味大正解だった。

 


何千人ものユダヤ人を救い日本のシンドラーと言われた外交官、杉原千畝を描いたミュージカル「SENPO」に杉原さん役で主演した吉川くんは、国連の提える人権問題について一番興味を持つ講師であった。無人島生活やアフリカでの旅で死に直面した経験も持つ。明石さんは内戦の現地に立って、日々命の危険に晒されてきた。状況は全くもって違うが、「死ぬかもしれない」という恐怖に対して二人の男はどうだったのか、など、実際実に興味深いお話しが展開された。そして食いしん坊の吉川くんらしく、世界中で一番おいしいと思った食べものは?なんて。

 


それまで明石さんは吉川くんを知らなかった!!が、終わってお車までお見送りしたとき、吉川くんについて色々お尋ねになったから、きっと明石先生にも吉川くんは良いインパクト大だったのだろう。



最後に、1月19日が明石さんのお誕生日ということで「おめでとうございます!」と花束贈呈。すかさず吉川くんが「おいくつに?」

明石さん、ちょいテレながら「80歳です」って、すごーい!先生カッコいい。いつまでもますますお元気で、日本の、世界の未来のために尽力して下さい。

以上で全6回の講義は無事終了。明石さん、本当にありがとうございました。

 


そして全部の回出席していただいた皆さんのメンバーカードから、5名様にこれまでの講師6人全員のメッセージとサインが入った特大色紙の抽選をした。アンニュアージュトーク思い出し、抽選は吉川くんに手伝ってもらうことに。


 


当選者に一枚ずつ色紙の手渡しもしてもらった。吉川くんには最後の最後までホントお世話になりました。

今回ステージに現れた吉川くんの顔みたとき、マジ何か凄いほっとしてめちゃ嬉しかった。ありがとう。



思えば吉川くん講師の第4回で、まあく自身も吉川くんの芯を、その強固な信念と優しさの源を見た思いだった。本人一番苦手な親を語る、という趣旨にとまどいもあったろう。でも、終盤「語るには時間が短すぎる」と言った吉川くんは、確実に何かをひとつ克服したようだった。



石井さんは映像で「次回スクールは、違ったテーマで、また為にならないこといっぱいしゃべります」って、石井さん流に笑っておっしゃってたけど、第2回石井さん講師の回は、石井さんのデリケートな部分に触れたような感動的な、とても為になる回だった。


今回本番に間に合わなかったけど、打ち上げに駆けつけてくれた姿月さん。その第1回も、これまでの“元宝塚トップスター”を脱ぎ捨てた素で、ご両親へのけなげなほどの想いを語って下さった。姿月さんと参加者全員が泣いたのを昨日のことのように思い出す。


スクールブログ1.JPG

 

第3回の前田日明さんは、前日がお父様のご葬儀という中で来ていただいたのだ。凄まじいまでのお父様との葛藤を、前田さんならでは実に豪快にお話していただき、参加者全員が底知れぬ前田さんの大きさ(体だけじゃなく)と優しさを見た回となった。

石井さんの時にサプライズ登場してくれたし。


 

前回第5回の姜尚中先生は、本当にストレートにお母様(オモニ)への思慕を語ってくださった。「今日はまあくさんだから何でも話しちゃいそう」って、冒頭におっしゃっていたが、思えば皆さんが、まあくだからこの場においで下さり、お話してくださったことがいっぱいあったのだと思う。改めて6人の講師の皆さんに、大感謝します。本当にありがとうございました。



参加していただいた、スクールメンバーの皆様にもありがとうございました。

レポートも拝見するのが毎回とても楽しみでした。レポートの最後に皆さんまあくへ

労いのお言葉を書いてくださいました。嬉しかったです。

レポート以外でもメールやお手紙を沢山いただきました。

「このスクールに参加して、親を、自分を、娘を、改めて見つめることができた。」

「自殺未遂をした息子とこれからどう付き合うか悩み、落ち込んでいたが、このスクールで元気をもらった」「こんなに身近に、それもここまで本音のお話しを聞けるなんて、実際想像以上の嬉しいスクール」

などなど、シビアなことも、ファンとしての喜びも、いっぱいまあくは受け取ることができました。中でも予想を超えた多くの皆様の、ある感想が一番嬉しいことでした。

それは、最初はお目当ての講師だけに期待していたけど、回を重ねるごとに、他の皆さんのお話しもお目当ての講師と同じくらい興味を持って楽しみになって行った。「このスクールがなかったら、絶対生でお話し聞く機会なかったと思うと、アンニュアージュスクールに感謝」

 

出来るだけお返事のメールはさせていただきましたが、すべての方にお返事出すことはできませんでした。ごめんなさい。でも皆さんのお言葉は何よりもまあくの励みでした。これまで一方的にまあくから皆さんへ発信してきた感がありました。スクールで初めて皆さんのひとりひとりのお姿を見た思いでした。

中には、席順や連絡方法など厳しいご指摘もありましたが、みんなスクールへの愛情と感謝しています。初めての試みだったので、次回から改善する余地もあることは、重々まあくが知っています。

 

次回2011年度のテーマも決定しました。石井さんのように違ったテーマだからまた講師のメンバーになっていただく方も、新しい講師の方も何名か決定しています。

それらの発表は、マーク・アイの体制を今一度きちんと整えてからにしたいと思っています。

去年20年続いた「アンニュアージュトーク」が終わって、見切り発信のようにスクールを立ち上げ、他にも新企画を開催し、折も折り、事務所内のドタバタもあり、と、この1年何だかあたふたと走り続けてきたような日々でした。いやこの1年だけではなく、マーク・アイをつくってから21年、ずうーっと走り続けてきたように思います。しばらくはまあく自身も落ち着く、充電時間が必要だと思っています。

そんなふうに思えたのは、このアンニュアージュスクールのおかげです。

といっても今回のスクールを本にする企画もありますし、続けて行く他イベントもあります。趣味の乗馬でも、今年はぜひ小さい障害レースに出たいと思っています。

って、言い訳しながら結局遊ぶんかい!みたいですが、この1年ホントにスクールのおかげで、まあくも色々考えることが出来ました。

そして改めて強く強く思ったことは、これまでもそうだったのだから、これからも

「後悔なく生きよう」

 

また次回、しばらくお待ちいただくことになりますが、アンニュアージュスクールでお会いするのを楽しみにしています。

御協賛ご協力いただいた企業の皆様もありがとうございました。次回も引き続き宜しくお願いします。

それでは、
スクールメンバーの皆様のご健康とご多幸を心より祈ってます。

 

追伸

第6回の皆様からのレポートをお待ちしていますね。

締め切り、まだ大丈夫ですよん!



『アサオカローズ』


レポート優秀者2名様への賞品
『コーセー化粧品セット』

  * 薬用 雪肌精(化粧水)

  * モイスチュアスキンリペア(薬用保湿液)

  * エスプリーク プレシャス ドラマティカルベールパクト
   (ファンデーション)

  * エスプリーク プレシャス ファンデーション ケース

  * エスプリーク プレシャス モイスチュアライジング ベース
   (化粧下地)

 

皆様へのドリンク

『サッポロビール蝓

GEROLSTEINER  ネクターカクテル・クリーミーピーチ


12月11日ー恵比寿アンニュアージュスクール第5回 講師姜尚中先生ご報告

早い!第3回前田さんが10月15日にあって、第4回吉川くんが11月27日に終わったと思ったら、もう12月11日の第5回の姜先生だ。



その間「ふたり亭VOL1」の本番やったり「YEBISU亭第33回」の準備に追われていた。その上に、スクールメンバーの管理をしていたうちのスタッフのOが「お父さんが入院したので休みます」のメール一本で、それっきり電話にも出ず、事務所に来なくなってしまったという事故もあり。

結果、スクールメンバーの皆様、マークアイ会員の皆様には、何かと連絡関係不手際があったこと、この場を借りてお詫びします。

本当に申し訳ありませんでした。

 

Oについては以前から、大事な日に連絡もなく休んだり、初歩的なミスがあまりに度重なったりしていた。失敗隠してそのまま放置するため余計に被害が大きくなる、の事態も発覚した。このままではマークアイの信頼にかかわると判断し、まだ試用期間でもあったことだし、辞めてもらう旨を伝えた。もちろんその際に、1ヶ月でもそれ以上かかってもいいから、新しい人に引継ぎだけはきちんとしっかりやってね、と頼んだ。その翌日の「お父さんの入院」だったのだ。

 

前々回の前田さん、前回の吉川くんのスクールで、「人を赦す」ということを教えてもらった。でも人間として責任感が全く皆無の者に対して、赦すという気持ちには早々なれなかった。が、前田さんと吉川くんに、「そういう奴は世の中に沢山いる、これまでそんな奴と出会わなかったまあくはラッキー」ぐらいの勢いで慰められた。
それに、Oのフォローとお詫びに、メンバーの何人様かにまあくが電話したら、「まあくさんからわざわざお電話いただくなんて。これからも楽しいステージを創ってください。応援してます」と、お怒りの言葉を覚悟していたのに、反対に励まされた。泣きたいほどありがたかった。マジ、スクールメンバーの皆様、マークアイ会員の皆様、愛してます。

まわりのみんなにも助けてもらったし、窮地の中にも、改めてまあくは幸せものだなあ、と感じたりもしたことだった。

 



そして、今回姜先生のお話しで、そんなん小さいこと(日が経つほどかなり被害は大きいと判明したが)もっともっと大きな心で世の中を見ていくことを教えてもらった。

「すべての業(わざ)には時がある」

姜先生がホワイトボードに書いてくださった。聖書から引用したという、先生の座右の銘だ。



物事すべての出来事、森羅万象にはすべてがある、時がこないことには、いくらアセッても無駄、ということだ。

いやな思いも、それが時の業なら仕方ない。それに、その原因は少なからず自分にもあり、身から出た錆的な部分も無きにしも非ず、ということも"に含まれているのだろう。

のっけから、学んだなあ。

 

そんなスタートから、本題は、先生の今年出た著書「母〜オモニ」から色々伺うことになった。


まあくが姜先生を知ったのはテレビの討論番組だったが、本当に先生を識ったのは先生の自伝である「在日」を読んでからだ。そして筑紫さんに頼んで、テレビ朝日の楽屋で、姜先生を紹介してもらったのだった。4〜5年以上前のことだ。

「在日」を読んでの感動は、今も覚えている。それが元になっているという先入観で「母〜オモニ」を読んだが、それは、まるで別個のものだった。


2年半くらい前か、先生からも「小説」として書いている、と聞いていた。確かにモデルは先生のお母様であり、先生のご家族であるが、それは見事に完成された「小説」だった。

「在日」にはない俯瞰からの目もあり、展開も読み物としての面白さに満ちていた。そして小説でこそ描ける、自伝では吐露出来得なかった、お母様への想いが溢れていた。

作家は「エッセイ」では本当のことを書き、「小説」では作り物を書く、と思われている。が、けっこうそれは反対なのだ。これはまあくも「ビューティービジネス」という業界誌で、長くエッセイを連載させていただいてるから判るのだが、真実を、微妙な罪のない嘘を入れて書くときがある。例えば自分の体験談を、聞いた話しだが、みたいに。それは確かに嘘の話しではない。

もちろん自伝にはそんな嘘はないが、小説こそ作家の真実の本心が映える。

多分先生も、お母様が亡くなって、想いのたけを筆に託したのではなかったか。「小説」として。



「母〜オモニ」は半分が真実で半分は僕の創作です。実はある女の一生を書きたかった。

柔らかい物腰、心の底に響くような低い声、いつもの先生の丁寧な口調だ。

そして、「僕はマザコンなんです!」って。ぶっちゃけ男はみーんなマザコンですよん(笑)

「息子として、母には女ではなく、いつもいつまでも母でいてほしい」
はい、前田さんもそうでした。先生一挙に十代のような笑顔。

母の振幅の激しさは、今思うとつくづく民族性だと思う。

それは実際に先生がお母さまの生まれた故郷を訪ねて確信したことだった。

明日死ぬかもしれないという脈脈と続く国の状況を鑑みると、「今日やれることは今日やる」的な焦燥感、それはある一方では驚くほどノー天気な考え方になったりもする。まさに今のソウルに行くとあまりにも速すぎる国の発展にそんな民族性を感じ、そこに一抹の不安を感じることもある。

と、話しは家族単位から国単位のお話しに発展する。

 


15歳かそこいらで、世間知らずなお嬢さんが、たったひとり父を頼って日本へ嫁いで来て、母はどんどんしっかり者になったが、本質はとても弱い人だったのではないか。

しっかり者にならざるを得なかったお母さまの人生は、激しく一途でとてつもなく優しい。

お母さまは文字を読めなかったが、だからか、聞くという感性が飛びぬけて優れていた。日本の言葉も、歌も、すぐ覚えてしまったという。読む、ことや、見る、ことは常にそこに真実だけではない余計なものも混ざる。

これも聖書からですが、と、予言者の話しがあった。偽者の預言者はみんな「神を見た」というが

エゼキエルなど真の預言者は「神の声を聞いた」と言った。すんごい興味深い。「百聞は一見にしかず」と真逆の話しだが、「聞く」ことのほうが確かに深いように思う。だって人に対して大切な思いやりのひとつは「聞く耳を持つ」だもの。まあくの苦手とするところ。大反省。

お母さまの数々のエピソードに、お母さま独特の才能、才覚が判って、どんどん興味深い話しが広がっていく。


ご両親ともいつも忙しくて人の出入りも激しく、落ち着いて親子だけでの食事などしたことがなかったが「いつも無条件で愛されている」という実感はあった。この実感って、凄い大切だ。

いつも可愛がってくれて広い世界を教えてくれたおじさんもいた。自分の今があるのは、多分にこのおじさんのおかげ。と、現代の「子育て」ならぬ「孤育て」への警鐘も。

そんな子供の頃の話しから、小学生の頃の初恋の人黒木さんのお話しも出た。ほのぼのとした、しかし結末はあまりに美しすぎる悲劇だった。20歳から歳を取らないなんてずるい、とか、永遠に届かない、なんて、今だ悔しそうな顔で文句言ってるし。先生余程黒木さんが忘れられないんだ。姜先生のまさに意外な一面だった。

意外といえば、先生が野球少年で、でもそれはお母様の希望から、というお話し。


日本で出世するには野球選手が一番と、忙しい母が野球だけは観戦しにきてくれたのだが、そんな時に限ってミスしてしまう。いつも、「どうぞボールがこっちに来ませんように」と祈っていた(爆笑)

だから、叶わなかった親孝行が、野球選手になって最初の給料をお母さまに渡せなかったこと。日本一有名な政治学者になってなお、男の子の、お母さまの期待に応えられなかった感、泣ける。

「最後まで母は僕が野球選手にならなかったことに文句言ってました。野球やってたら星野さんみたいになれたのに、って」(笑)


「おなごでも勉強すれば男と同じようにやれる」それが、学校に行く機会を失って学ぶことが出来なかったお母さまの口癖だったが、すでに時代はそうなっている、と。

先生が東京に出てからも、お母さまとは手紙の交信は一度もなかった。「実は僕も手紙に書いて言いたいことがいっぱいあったが、誰かに読んでもらうと思うと書けなかった。母も誰かに書いてもらう、ということも一切なかった」

でも、お母さまにそんな術がなかったからこそ、先生は素晴らしいものをお母さまからもらったのだ。お母さまが亡くなられる前に、先生へと宛てた声のメッセージだ。

こんなにこんなにストレートに愛されて、本当に本当に羨ましい。

何故まあくはいつも濃密な親子関係に惹かれるのか。その答えはぜひ次回最終回に、メンバーの皆様と一緒に出そうと思っている。

 

最後に皆さんからの質問に、姜先生にお答えいただいたものを、まとめました。

 

*子供は自分を肯定することで、初めて批判出来る眼をもてる。

*親子関係で大事なことは

「自己肯定」

「承認すること」

「自分の存在がないと思うより、憎まれてるという思いでも、まだ持ったほうが良い」

「親が聞く耳を持っている、という確信を持てる」

「坂口安吾の言葉で親はあっても子は育つは、もうひとつの真理」

 

*僕の両親の一番立派なところは、一切人を裁かなかったこと。今の世の中は全て評価という名で裁いている。自分も今大学で学生たちを評価しなければならない。それが何とも嫌だ。


以上、2010年最後の、姜尚中先生のアンニュアージュスクールでした。

最初のほう、ついつい長いイントロ書いちゃって、えらい長いご報告になってしまいました。

すみません。

皆さんのレポートもお待ちしています。姜先生共々拝見させていただきます。

締め切り、正月はさむので、来年の6日まであります。


というわけで、また来年、皆様の元気なお顔を拝見できるのを楽しみにしております。

吉川晃司氏のレポート優秀者は、新年早々に発表しま〜す!!

どうぞ、皆様、良いお年を〜!

「アサオカローズ様より」

「螢魁璽察射佑茲蝓

  * 薬用 雪肌精(化粧水)

  * モイスチュアスキンリペア(薬用保湿液)

  * エスプリーク プレシャス ドラマティカルベールパクト
   (ファンデーション)

  * エスプリーク プレシャス ファンデーション ケース

  * エスプリーク プレシャス モイスチュアライジング ベース
   (化粧下地)

 

「サッポロビール衢佑茲蝓
 CREAMY WHITE      GEROLSTEINER


11月27日アンニュアージュスクール第4回ご報告

いよいよ後半に入ったスクールで、満を持しての登場講師は、

吉川晃司さん。

 


前回の前田日明さんに続く長いお付き合いをしていただいている方だ。特にこの2年間熱心にやってる乗馬は吉川さんの存在が大きい。あの頃のまあくは喪失感のカタマリだった。そんなまあくの潜在的乗馬好きを引っぱってくれて、馬に乗ることで新しい世界を見せてくれた。吉川さんの乗馬姿は実に野生(笑)で、まあくは大好きだ。もっともっと映像でそのお姿を披露していただきたいものだ。なんて、気取って言うのもテレ臭いので、当日は普段どうり「吉川くん」で話させてもらった。

前回の前田さんの時も、中盤まで「前田さん」と言ってたのに、最後のほうは熱が入って「前田が!」「前田が!」と、普段の呼び方がバシバシ出てしまっていたので。


そんな吉川くんのご両親のお話しは、吉川くんの、良いも悪いも“オレがオレの道を行く的精神”の根幹を創った存在だったことがよくわかった。それ故か、実はこのテーマは吉川くんの一番の苦手な話しでもあったのだ。

とにかく厳しい父親。って言うか、自分の機嫌で子供にあたったりしていることもあったはず。幼い頃のキャッチボールは本気で顔に投げてくる。小学生のとき大怪我をした吉川くんに「自分のことは自分で始末しろ」と。それでも、と、吉川くんは言う。いつも父親のきつい言葉には「男なら」がつく。それだけ男の子だからこそ、といつも本気で対峙してくれたのだ。それに、広島の有名な料亭旅館の跡取り息子だったお父様が、親の意向で板前の道に入ったじくじたる思いや、その時代、を理解しようとする優しさが、様々なエピソードを語る端々に出ていた。そんな吉川くんは、けなげでさえあった。これまでまあくは、吉川くんの、ほんと一面しか見てなかったんだなあ。



「臥薪嘗胆」、ホワイトボードに難しい漢字を書きつける。目的達成のためには苦しい試練をあえて自分に与える、という言葉らしいが、それをそのまま実践してきた。事務所が軌道に乗るまで、自宅に帰らない、と、何年もスタジオで寝泊りしていた。運良く(悪く)まあくの会社がやってたバーが近所にあったから、けっこう居心地良かった、って本音も出たが(笑)

 


ハード極まる“無人島生活”も、これだけのものに耐えられた自分は、誰の前に出ても畏れることはない、の自信が出来るから。

そんな吉川イズムは、東京へ羽ばたこうとする17歳の吉川くんに

「おまえも東京で芸能界に入って、猿回しの猿になるのか」という父親のその言葉への反発で誓った「俺は絶対猿になんかならない!」

の信念の成果だろう。その強固な信念は時には摩擦も起こし、「自ら獣道をつくる」結果になることもあった。だが、それでどんな苦境に陥っても、一抹の後悔もそこにはない。常に潔く綺麗だ。


それは、じっと耐え、陰に日向に吉川くんをかばい、支えたお母様の存在も大きい。その姿を吉川くんはずっと視ていたのだ。

「女のためには死ねないが、母親のためなら死ねる」以前アンニュアージュトークで満場の女性たちからブーイングを受けた(笑)言葉の真意も尋ねた。

 


お母様に対する男の子の反応って、前田さんのときも石井さんの時もそう感じたが、何と言うか、心底ストレートの愛なのだ。真っ直ぐに母親を視つめ、愛している。まあくは娘ふたりだけど、今回このスクールを通して感じた大きなことのひとつは、つくづく“息子も良いもんだなあ”だ。

次回ご登場いただく姜尚中先生の「母〜オモニ」を読んでも、お母様へのあまりにストレートな想い、愛、に感動したし。


 

「両親の喧嘩には絶対口をはさまない」って、まあくなんか、何だかんだってうちらの諍いを娘たちに言いつけている(反省)

「お姑さんに旦那の好きな料理を学ぶのは、その味を後世に残す、という壮大な役割である」うーん、吉川くんにそう言われると、スゴイ勢いで納得してしまった。って、お母さんの素朴な料理が一番好きなんだ。「母ちゃんが一番頑固」って、吉川くんも相当頑固ですから(笑)


兵法に学ぶ“吉川くん式人身掌握術”や、自身の経験から「子供は褒めて育てるが最近の流行だが、それでは限界がある。甘やかしてばかりでまともに大人が付き合わないと、打たれ弱い子供になる」などの吉川流子育て論なども飛び出した。

「蘭心竹生」の座右の名がホワイトボードに踊ると、何と!ヌウ(牛のような、でも吉川画伯が描くと馬のような)まで出てきて、アフリカでの“ここだけの話”も。



「俺、なんかガウン着て、片手にはでっかいワイングラスまわしてるイメージらしいよ」そんなイメージとは全然違う普通の生活を、いや、普通以上にストイックな毎日を過ごしている現在の吉川くんの日々の姿まで、ご両親を語ることで見えたことだった。

 


時代は変わっても、変わらぬ女性男性(母親・父親)の役割、を説きつつ「またこんなこと言って、女性の皆さんを敵にまわすんだろうなあ」って嘆いてたけど(笑)

「煮詰まったカップルも、料理しながらだと話しが弾むよ」なんて、中々の女性ウケするワザも教えていただいた吉川センセイでした。

 

今回苦手なテーマを懸命に語ってくれた吉川くん、ホワイトボードに難しい字をさらさらと書く颯爽としたその姿といい、女性を敵に回すどころか、今回初めて吉川くんを見た参加者の女性たちのハートも掴んじゃったと、まあく的には思います。


最後に「語りつくすには2時間じゃ足りないね」って聞いて、次回のテーマを早速考えたまあくでした。
 

 

前回の第3回から第4回が、1ヶ月足らずの早いペースだったので、前回の前田さん回レポート優秀者発表が大変遅くなりましたこと、お詫びします。先日発表になりましたので、ぜひマーク・アイホームページもご覧下さい。

今回のレポートも、吉川くん共々楽しみにお待ちしています。

「アサオカローズ」

「当日のお飲み物のサッポロドリンク」

「レポート優秀者プレゼントのコーセー化粧品セット」


「お疲れ様!」


10月15日 恵比寿アンニュアージュスクール 第3回ご報告  講師前田日明さん


アンニュスクールも3回め。ひとつの形みたいなものが見えてきた。
ここでしか聞けない深いお話し。それは、時には講師自身が慟哭というほどの辛さを伴う真実である。
だからこそ、聞く側はまあくも含め胸打たれ、感動し、自分の体験を重ね、未来の示唆と出来る。
そして語ることにより、講師自身も慟哭の例え一抹でも昇華できたことを確認する機会となる。
以前何人かのレポートに書いてくださっていたが、このスクールは生徒だけでなく、講師自身も
ひとつの段階を超えることの出来る場ではないか、と。




見事なオレンジ色のバラ-アサオカローズ様より



本日のドリンクは、サッポロネクターカクテルと サッポロゲロルシュタイナー



そして今回は、格闘家であり話題の格闘イベント「ジ・アウトサイダー」主宰の前田日明さん。
前田さんはまあくとは20年以上前からの友人だ。若い頃など何かと文句があると「前田、どう思う?ムカつかない!?」などと、深夜であろうが時間かまわず、こちらが言いたいことだけ言う電話をかけていた。
さすがに近年はまあくもオトナになり、そうそうムカついてられないし、そんな遠慮のないことはしないが、もしも、例えば大きな悲しみなどがあれば、今でも時間かまわず電話できる友人は、前田さんと、もう一人くらいだろう。





娘たちが小さい頃から知っているから、何かと面倒も見てくれて、次女などは、まあくがご飯作れない時に、ご飯に連れてってもらったことも度々あったようだ。
今では20歳をとおに過ぎて、いっちょまえになった次女のボーイフレンドを、前田さんは歴代識っていて(笑)、その都度次女に、「あの男はどうにも頼りないで」など、次女の怒りをかう発言で、“うるさいおじさん”(笑)的存在だ。
まあく的には、娘たちを心配してくれる“前田おじさん”は頼もしい存在なのだが。






そんな親しい前田さんでも、今回はその心情おもんばかると、どこまで聞くことが出来るか、を悩んだ。
というのは、15日のスクール前日に、前田さんのお父様のご葬儀があったからだ。
新聞でごらんになった方もいらっしゃると思うが、まあくは12日に前田さんからの電話で知った。
そんな前田さんの状況で、「親という存在」のテーマは、酷ではないか。
しかし本番当日の朝、東京に戻ってきた前田さんと電話で長時間話して、今お父様のお話しを聞くことは重要ではないか、と確信した。お父様の面白エピソードはこれまでも「アンニュアージュトーク」で何度も披露していただいていたが、その破天荒なお父様の生き方が、格闘王前田日明の形成にどれだけ大きな影響を良きも悪きも与えてきたか、もっともっと深い部分を識る機会に違いなかった。




そして語られたお父様のお話は、壮絶としか言いようがない。それらに対峙する前田さんもまた壮絶である。そして改めて前田さんの器量の大きさを認識した2時間となった。
父母が離婚して、何故前田さんは父親の元に付いて行ったか。そのエピソードは号泣ものだが、前田さんは笑いさえ誘う語り口でさらりという。まだ中学1年生の子供の選択とは思えないことを。
そして、遠く離れた母に対する愛情と執着。お母様にとっても、それは同じで、だからこそ、大人になって立派になった前田さんから発せられたきつい言葉に、前田さんにさえ計り知れない絶望を感じたのだろう、自殺未遂という答えを前田さんにつきつける。お母様は奇跡のように回復されるが、それからの前田さんのお母様に対する献身はけなげだ。


高校生の前田さんを一人残して、韓国に働きに行く、と言ったまま帰らぬお父様を待つ孤独。ご飯を買うお金もなくなって、飯場で肉体労働。「ご飯はいっぱい食べられるし、まあええかなあ」って、前田さん、まだ高校1年とかなんでしょ?!
もちろんそんな話しも過去に聞いてはいたが、ほとんど不良少年たちとの爆笑エピソードメインだったから、改めて驚嘆感心する話しが次々溢れ出る。でも本人いたってさらりと言うところがまた凄い。
格闘家として名を成してから、父親とともに突然現れた弟くん。彼の将来さえも案じ、“逆勘当”したという父親共々面倒見てしまう前田さんの懐の大きさ、優しさは、まあくにはとてもできるものではない。







「普通は、生まれてから死ぬまでが自分の人生と思っている。俺は、生まれる前から、そして死んでからも自分の人生だと思ってる」それは、信じている、とかではなく、それが事実だから。なのだそうだ。
前田さんはあれでたまに凄い説得力のある言葉をいう。それが事実なら今生きてる現世という中での自分の行いは、壮大な人生のほんの一部に過ぎない。だからこそ、どこまでもある人生を心地よいものにするためには、赦す、という“信心”が生まれるのだろう。それは、儒教の精神にも結びついている。

そして、自分自身に言い聞かすように、それでもお父様を理解する部分はある、と。在日という出生、若い頃に怪我をした身体のハンデもあり、あの時代の日本でどれだけ若き日の父親の人生が険しいものであったか。だがしかし、前田さんは言う、被害者の立場だけにカテゴライズされるような、そんな単純な形式として自分は決して見ていない。


また、前田さんの読書家としての資質はこの方から受け継いだのだろう、というお話しもあった。お祖父さまは混迷極める世の中で学究の徒であったそうだ。前田日明の日は、師、曰く、の日。明は天から光明が差し、新しい扉が開かれる、という意味があるとか。この名もお祖父さまがつけた名だ。
晩年、病に伏したお父様に、懸命になってあらゆる治療や薬を調べたり買ったりしていた前田さんをまあくは識っている。
前田さんの今の思いを計り知ることは、まあくなんかに出来ないが、前田さんがいかに“家族”を愛したか、愛しているか、が心底よく解った
前田さんのお父様に合掌。



今は4歳になる男の子がいる前田さんに、前田流子育てのお話も伺った。毎日ジャンプの練習をさせているそうだ。
???なんで?大きくなったら自衛隊のF何とかのジェット機のパイロットにしたいから、って。民間機でいいのに、ったら、そのジェット機に自分が乗りたいから、って。なんやそれ!(笑)


前田さんが格闘技と出会わなければヤクザになってたかも。立派になって良かった。(まあくはもうお母さん的な気持ち)
だからこそ、不良少年たちが未来に向かって戦える場となる「ジ・アウトサイダー」を創ったのだ。タトゥーいっぱいの少年たちを今前田は過去の自分をどこか重ねて見ているのではないか。そんな温かい眼差しがあるからこそ、熾烈なリングが誕生したのだ。前田日明にこそ実現出来たリング。これからも観て行きたい。

最後に、前田さんが、今一番好きな言葉としてホワイトボードに書いたくれた
「平等という卑しい者たちが抱く幻影は、実際は、高貴な者の間にしか存在しない」
(何にも努力もしないで、平等平等と叫んでいる者には、平等なんか存在しない、平等と言えるものは、努力をいとわない者(高貴な者)こそ言える言葉である〜と)






 
今回もレポートいただいた方、ありがとうございました。ユニークなレポート書いて下さった
2名様の発表は、マークアイHPにて11月中旬予定です。
前田さんとまあくとで全て拝見させていただきます。締め切りまだですので、
ぜひ皆さんレポートくださいね。


レポート優秀者2名様に贈られるコーセー化粧品セット
【薬用 雪肌精、モイスチュアスキンリペア、エスプリークプレシャス 
モイスチュアライジングベースUV、ドラマティカルベールリキッドUV、
エクストラモイストリタッチ、ドラマティカルベールパクトUV、ファンデーションケース、
ファンデーションスポンジ】


6回講義全出席者から抽選で5名さまに贈られる、講師全員のメッセージ入りサイン。
3人目の前田さん、入りました



終了して、ホッ!


あるメンバーが今回のレポートに、こんなことを書いてくださいました。
「“親という存在”という切り口だからこそ入り込める、生や死のこと、アイデンティティーの問題そして宗教観まで。おそらくいずれかを年間テーマとして掲げていたら、参加する人も重苦しく落としどころのない議論になる。が、誰にでも親がいる、でも愛し方も愛され方も違う。
だからこそ自分と照らし合わせて考えることが出来る。」


「親という存在」という今年のテーマは、まさにそういう思いで決定しました。


次回、11月27日、第4回でまた皆様とお会い出来るのを楽しみにしています。



まあくまさこ


8月23日 恵比寿アンニュアージュスクールご報告

 

 

「恵比寿アンニュアージュスクール」第2回においでいただいた皆様ありがとうございました。

今回の講師は石井竜也さん。石井さんもアンニュアージュトークから何度もお世話になって、ながーいお付き合いをしていただいている方です







始まる前に楽屋で石井さんと、日々新聞紙面に踊る、親子においての悲惨な事件の話しをした。何でだろうね、この国はどうなっちゃうんだろう?って。石井さんは、この尋常でない暑さは、人々の精神に少なからず影響を与えてるんじゃないか、寒い国と暑い国の人々との総体的な違いが良いも悪いも明確にあるように、と。

確かに気象は気性にリンクする。

他にも中年の男が一番自立出来ていないのかも、などなど、さすがおしゃべりのプロ、の石井さん。本編前にお話しが盛り上った。それで少しまあく的に楽ちんになれた。

というのも、前回第1回姿月さんのお話は、感動的で学ぶことが沢山あった。14歳で親元を離れ特殊な世界(宝塚)に入った彼女を、どう両親が支えたか。それは、当日姿月さんにお持ちいただいた、手紙やカード、母親手作りの表彰状、細かなメモ、お年玉袋にいたるまで、全て姿月さん自身が丁寧に保存していた何冊もの膨大なファイルがもの語っていた。

そんな楽しくて深くて深い第1回を終えて、今回石井さんという、中身凝縮の才人に、ヘタなインタビュウしか出来なかったらどうしよう、と、柄にもなくプレッシャー感じてしまっていたのだ。

 

というわけで石井さん本編だが、持参して下さったのは、石井さんが十代の頃に描いた、お父様との思い出の、貴重な二枚の絵と一枚の絵の写真だ。

 




お話が始まると、彼らしいサービス精神で爆笑が続いたが、去年、79歳で亡くなったお父様の闘病を見つめてのお話は、常にかろやかに生きているイメージの石井さんからは遠い、重くて深いものだった。

 

幾つになっても子供は親に誉められたいのだ。石井さんにとってお父様は、最初のプロデューサーだった。小さい頃から石井さんの絵を誉めてくれ、こんな風景を描いたらどうか、と、石井さんに色んなアドバイスを下さったそうだ。高校生の頃、最年少で日展で入賞したのも、そんなお父様があってこそ。

その、賞を獲った「閉ざされたもの」という絵が持参していただいた1枚だ。暗い色使いの中央に、燐としてものうげなヌードの少女。写実でありながら少女のバックに広がる雲のうねりなど、印象派とも呼べる作品だ。もう一枚の「漁民の宿」と題されたものは、実に見事な写実で描かれている。これも、壊される猟師たちの集会所を描いてくれ、と、お父様がおっしゃったそうだ。









そして、写真の1枚「休息の港」

「実物の絵を持ってきたかったが、実家に置いてあるので。ひょっとしたら親父が売っちゃったかな」と、石井さんらしいテレで冗談のように言いながらも、ふと遠くを見るような、いとおしそうな石井さんの顔がじっとその一枚を視つめた。

そこには港に休む一人の男性の姿があった。「珍しく親父が絵の中にいるんですよ。背中姿だけど」

どれも石井さんとお父様との貴重な絆の作品だ。

そうして、「石井竜也」が誕生したのだ。

「親父は初めて自分の才能を認めてくれた恩人」

そんな石井さんにとって親以上の存在であったお父様の死は、1年と4ヶ月経っても今だに納得できないものがあるように、まあくには感じられた。

お父様の辛い治療の姿を語る石井さんの表情は、それが昨日のことのように、ご自身のことのように、辛そうだった。

そして、たまたまの偶然が重なって臨終に立ち会えなかった、という一抹の後悔は、あまりにもけなげに見えた。お父様は立派になった石井さんを充分過ぎるほど見届けて逝ったのだ。お幸せだったのだと確信する。でも石井さんにとってはどうにも無念が残るのだろう。

勿論その気持ちも痛いほど解る、なんて軽々しくまあくなどが言うのも憚られるが、そんな無念も、お骨を入れた時の慟哭も、それもこれも、きっと石井さんの底知れないお父様に対する優しさ、愛情、に他ならない。

 会場から嗚咽が聞こえた。まあくも胸が一杯になった。が、ここでまあくが泣いたら石井さんも話せなくなってしまう。努めて冷静にお話を聴くことに集中した。

 

それでも、お父様の思い出を話していて、今初めてあの時の親父の気持ちがわかった、と、笑顔にかえって何度も自分自身で納得するように頷いている石井さんを見ていると、公に話すことで、少しでも昇華された部分もあったのでは、と、スクールの役割がまたひとつ、明確になったような気がした。

 

これまで、息子なんていらない、ってずうーと思っていた。

男の子なんて小さい時からカサ高いし、大きくなったらエラそうにするし、結婚したら奥さんの実家にばかり気を使って。なんて、結局母に迷惑ばかりかけてるまあくの実の兄を見ていたからだ。(それでも母はこの兄を一番愛しているのだけど)

でも石井さんの、つかず離れずお互い影から応援しあってる、息子と親との関係を聞いて、つくづく息子もいいかも、と思ったりした。

 

それにしても、子供を誉める、ことは子育てにとって実に大切なことだ。

まあくだってそうだ、父親を早くに亡くしてるから、末っ子だから、余計母親に認められたい、という気持ちが強かった。素敵な仕事をして母に誉めてもらいたい。そんな気持ちで頑張ってきた感が、人並み以上にあったと思う

ザンネンながらうちの母親はまあくの仕事にあまり関心ない人だ。無関心だから、誉めることも出来ない。

せめてまあくの出来ること、せっせとお小遣いを送って誉めてもらおうとした。そのたびに「ありがとう」の手紙は来るが、これがコピーでいいじゃん、って思うくらい毎回同じ文章(姿月さんの膨大なお手紙が実に羨ましかった)それに時が経つと、それが“当然”になった。結局、まあくは母親から心底喜んでもらったり、感動的に誉められたことは、ない。

「まあは何でそんなにひねくれてものを考えるかね」とよく筑紫さんに言われた。やっぱ母親への感情が影響しているのかもしれない。

 

それもあってか、自分の娘たちのやることについては、煩いと思われるほど注目している。いつも、本気で「キミは天才だ!」って。娘たちにとっては「親バカだなあ」みたい(笑)

石井さんが父親と母親のバランスが大切、とおっしゃっていたが、

夫は小さい頃の娘たちのことはよく誉めていたが、年頃になると、注意ばかりしていたような気がする。だからまあくが甘いのは、バランス的には正解なのだろう。

 

他にもたくさん楽しいお話もしていただいた。

なかでも女好き(石井さん談)のお祖父ちゃんのお話しは爆笑ものだった。

ホワイトボードに書いてくださった、いくつかの文字の深い意味も、“目から鱗”だった。(例〜大人は、人に一本横線が入ってオトナになる。この1本が“理性”だったり“責任”だったりする、などなど)

お母様が、お父様が亡くなられてからどんどん女っぽくなっていく、なんて、息子でこそ、の目線も興味深い。 

周りの人々を大切にするためには、“個”を大切にすること。自分一人の時間を大事にしないと、家族にも本当に優しくなれない、と。このお話は実に印象深いものだった。そして、ご自分の楽曲「たとえばキミがいると〜〜」と、実際に歌をうたって、その状況を説明してくれた石井さんの、なんて歌声の素敵だったこと!

うわーん!役得!!


 










最後の質疑応答では、次回講師の前田日明さんが飛び入り出演。

石井さんから前田さんに「試合に出る前どうやって気合入れるのか?」って逆質問あったけど、前田さんがなんて答えたか、覚えてません。(石井さんが空手二段だって初めて知ったけど!)

でも客席からの「営業のこつは?」についての質問には、実に前田さんらしい具体的なお答えがあって、石井さん共々爆笑で納得。

時間オーバーしちゃってたから、アセって、後ろの方の男性の方、質問聞けなくて本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

石井さんに、ご両親の懐かしい記事(子育て三か条)をご持参いただいた女性の方、ありがとうございました。

次回から、もっと時間読んで、質問コーナーの時間きっちりとりますね。









 

というわけで、ホント、石井さんが胸襟を開いて実に深いお話をして下さり、家族というものを深く考えさせてもらった。ありがとうございました。

まあくの母にはこれからも元気で長生きして欲しい。もう、それだけで、いい。

まあくの出来ることを、出来るだけやってあげる、それだけだ。

そして自分の娘たち二人にとっての、自分の存在、は、とても幸せなものだと、改めて大切にしたいと思った。



 

皆様はどんな感想をお持ちになりましたか?

また皆様からの宿題のレポート、楽しみにしていますね。

石井さんとまあくで拝見させていただきます。

選ばれた2名様への豪華商品内容はホームページで詳細ご覧下さいませ。

以下は、今回のアンケートにあったご意見です。

 

*「前回といい、今回といい、とても深いお話しに感動した。改めてきちんと読みたいので、冊子なり、本なり、にして欲しい」

 

*「質問は、アンニュアージュトークのときのように、質問用紙に書くようにしたほうがいい。手を上げる勇気がないから。」

 

*「出・欠を取るのをもっと早くにして欲しい。1ヶ月前にとって、2週間前には席番号を送ってください」

 

以上、に対して皆さんのご意見いただければ嬉しいです。

 

6回全部の回に出席していただいた方の中から、抽選で5名さまに講師全員のサインとメッセージの色紙をプレゼント!現在お二人のサインが入りました!





「恵比寿アンニュアージュスクール」記念すべき第1回ご報告!!

 

「恵比寿アンニュアージュスクール」記念すべき第1回のご報告!!


 

6月17日、無事盛況に第1回を終えることが出来ました。


おいでいただいた皆様、ありがとうございました。


スクールというタイトルで、6回括りのメンバーシステム。2010年度は「親という存在」というテーマでとおす。


それは、これまでの「アンニュアージュトーク」のように、基本的には出演者のファンが集まってくださる、という、運営的楽チンさを、一切排除する姿勢からのスタートでした。それも、スクールという以上、ガーデンホール800人規模ではなく、より話しがきちんと届く、300人規模のガーデンルームで。


その上で応募していただいた出席者の皆さんと、小さなスペースの中でこそ、各界トップの方々が、かつてどこにも語られなかった深いお話しを語っていただけるのではないか。


それはファンばかりでなく、より広い層、より広い世代の皆さんへの、彼らの本音のメッセージです。それが、おいでいただいた皆様への何かの糧になれば、“スクール”は正解。ファンの皆様にとっても、より深い感銘ともなるはず。そして何よりも、それこそが講師になっていただいた方々の、一番皆さんに伝えたいメッセージであるはずだ、との考えでした。

 

そんなまあくの心意気のみ先行で、結果、制作費度外視した贅沢なスクールがここにスタート出来たこと、その内容が、予想以上の感動的な第1回になったこと、改めて、おいでいただいた皆様、ご協賛ご協力いただいた皆様、そして講師の姿月あさとさんに心より感謝します。


 

第1回のお祝いにと、出席者全員と姿月さんにプレゼントいただいた、アサオカローズさんの見事なまでの真紅の薔薇の花が、各テーブルに置かれた華やかな会場。

スクール会場JPG.JPG

各テーブルには薔薇、ステージにはホワイトボードも用意された会場

オープニングは、サッポロネクタースパークリングピーチと天然炭酸水ゲロルシュタイナーで、全員でカンパイ!


勿論カンパイの音頭は姿月センセイです。
そんなリラックスした大人のスクールの雰囲気での始まりでした。


スクール乾杯.JPG
皆さんとカンパイ!
 


そして語られた姿月さんのお父様お母様のお話しは、そのまま、これまで語られることのなかった姿月さんのご両親への愛と、自立と、葛藤のお話しでした。


亡くなられたお兄様についてのお話もありました。あまりの哀しみは、自分自身の中に封印しておくしか術のなかったこと、今初めてお兄様のことを公で話すのは、「もう、皆さんにも、私のお兄ちゃんを知ってもらいたいと思ったから」だそうです。7年前6月15日、まさに2日前がお兄様の命日、という偶然も重なってのことでした。


深い悲しみの中に絶望している両親の姿を側で見ていて「私は子供を亡くした親の子供になった、でも私は生きているのよ、と言いたかった」姿月さんのその時の慟哭をまざまざと見る思いでした。


そしてお持ちいただいた膨大な、お手紙、カード、葉書、のファイルの数々。すべてがご両親からいただいたもの。7歳の時から現在まで、お年玉袋やメモにいたるまで、ご両親から姿月さんへの愛、全てがそこにありました。それは同時に、姿月さんの両親に対する凄まじいまでの愛でもあるのです。

スクールステージ.JPG
ボードの字や手紙や葉書も見えるように、同時映像が後ろに大きく映し出された


何通かをまあくが読んで紹介させていただきました。会場の皆さんの嗚咽が聞こえました。すみません、まあくも、つい声が詰まってしまいました、姿月さんの涙に、エラそうに「おしぼり持って来て!」って、指示したまあくが、メ一杯おしぼり使ってました。


他にも、去年からの辛い体験や、それでも自分に「歌」がある幸せ、それを応援してくれる人々への思いなど、まあく自身、これほど皆さんの前で、心開いて語ってくれる姿月さんに、正直驚いて感動して、自分も、親に対してもう一度やり直せたら、と、自分のプロデュースしたスクールで、しっかり勉強してしまいました。


「スクールなら、遠足とか運動会とかもやろうよ」という姿月さんからの提案には、賛成の大拍手が起こりました。


「困難はそれを乗り越えられる者だけに与えられる」これ、姿月さんが最近最も心に刻んだ言葉。


お母様がお手紙の最後にいつも書いて下さる、引用の言葉のひとつ、です。


また、質疑応答では、会場から活発な質問が。
丁寧な姿月さんのお答えに、深くうなずく皆さんの姿が印象的でした。


 

スクール花束贈呈.JPG
最後はステージ上で姿月さんに薔薇の花束進呈




宿題で、感想レポートを募集しました。すでに続々と届いています。


皆さん、感動していただいて、これからの生き方の参考になった、と。また、ご自身の体験も書いて下さったり、と、素晴らしいレポートの数々、嬉しいです。


「親を語るとその人の一番の“素”が現れる、というまあくさんの言葉に、観客も“自分の核”と向き合う場になるかもしれない」と、書いてくださったS・Mさん。まあく的にはそのとおりでした。


「初めて姿月さんを生で見て話しを聞いてその人柄のファンになった。ぜひ歌も聴いてみたい」と、Y・Kさん。


マジ嬉しいです。改めてスクール企画をやって良かった、本当によかったと思っています。


もちろん姿月さんにも読んでいただきます。優秀なレポートを2名様選んで、ホームページで紹介。その方には豪華な記念品もプレゼント、という企画ですが、2名様選ぶの、チョー辛いほど、皆さんホントにホントに素敵なレポートです。ありがとう。締め切り6月末ですから、まだまだお待ちしておりますね。

そんなわけで、メンバーになりそこなってしまって残念!という皆さん、まだメンバー人数に余裕ありそうです。


単発回共々、お問い合わせくださいませね。

スクールブログ1.JPG
「お疲れさま!」楽屋で、感動の面持ちのずんきーとまあく

スクールブログ2.JPG
第1回を心配して様子を見に来てくれた前田さん、
打上げ会場の串焼きちょうちんが異常に似合うヤバイツーショット


実際はお笑い3ショットでした

スクールブログ5.JPG
ここで鼻血出してどーする?!前田!!

スクールブログ4.JPG
スタッフの皆さんお疲れさん!本当にありがとう!!

 


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