7月1日

 

神奈川芸術劇場でミュージカル「太平洋序曲」明後日迫った楽日ぎりぎり観劇。米團冶さん、ナレーターやって歌って踊って落語して。大活躍でした。でもソンドハイムの音楽ってミュージカル俳優さんでも難しいよね(笑)

山本太郎さんは舞台映えする役者さんだ。口跡いいし。舞台慣れたらオーラ100倍になりそう。違う役柄(柔らかい役柄(笑))も観てみたい。

真剣シーンで袴脱げちゃった役者さん、カッコ良かったです。

先日28日は、石井竜也さんのNHKホールでのコンサート。震災復興楽曲「つよくいきよう」を会場全員で歌入れ、も素敵企画だったけど、まあくは、あの途中入った石井さんならではミニストーリーに参った。石井さん的凄い凄い比喩だと。“原発から逃げられない人”と“そこから逃げて、生きて、と訴える人”まあく的にはそんな深読みして、胸がいっぱいになった。

そして明日7月2日は第34回YEBISU亭。白鳥さん、吉弥さん、中村有志さん、宜しくです。




 

原因は装置の設定ミス 福島第1原発汚染

水浄化システムの停止で東電発表


2011.6.30 11:27

 
  福島第1原発の高濃度汚染水浄化システムの運転が29日夜に一時中断したトラブルについて、東京電力は30日、装置のバルブの一部で設定を誤り、自動で起動しなかったのが原因と発表した。運転再開後は予定の8割の能力で処理を続けているという。

 東電によると、トラブルがあったのは放射性物質を凝縮・沈殿させるフランス製装置のバルブの一部。29日午後に水漏れがありいったん止めた後、自動で起動する設定が誤って手動になっていたため起動せず、廃液をためるタンクがあふれることを懸念した作業員がシステムを停止させた。


汚染水浄化、また人偽ミス。東電、30%と3%を取り違え。

2011.7.1 14:29

 
 福島第1原発の汚染水浄化システムで6月30日に運転が自動停止した問題で、東京電力は1日、作業員が処理水タンクの水位の設定を誤ったことが原因だったと発表した。本来は容量の30%にすべきだった設定値を3%とした単純な人為ミスとみられる。運転は30日夜に再開、その後は正常に運転している。

 東電によると、トラブル発生時はシステムの一部を交換中で汚染水は通しておらず、流量調整をしていた。交換が終わりシステムを起動させる際、タンクに流れ込む水の設定値を誤った。

 汚染水浄化システムではバルブの一部で設定を誤るなど、単純ミスが相次いでいる。

(以上産経ニュースより)

こんなんばっかり!

なのに・・・

停止中の九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開問題で、同県の古川康知事は29日、海江田万里・経済産業相との会談後、「安全性の確認はクリアできた」と話し、再開を容認する姿勢を示した。(asahi.comより)

古川知事、どこが安全性クリアなんですか?もう一度福島を見てください!

この日、県の要請に応じて来県した海江田経産相は古川知事との会談で「危険性のない所は政治の判断で動かす、本当に危ない所は責任を持って止める」と強調。「玄海2、3号機の安全性には国が責任を持つ」と再開に理解を求めた。(asahi.comより)

国が責任持つって、絶対ないですから。


2011年6月24日

 

 朝日新聞社 20116241148分情報より

 

 日本原子力研究開発機構は24日早朝、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の原子炉容器に約10カ月間落下したままになっていた重量約3.3トンの装置の引き抜きを終えた。炉内に脱落した部品がなければ、今年度中に試験運転を再開したい構えだ。

 

 しかし、運転再開に際して事前協議をする協定を機構と結んでいる福井県は東日本大震災後、トラブルや定期検査で停止中の県内の原発について再稼働を認めていない。高速増殖炉の研究開発は技術的に難しい点も多く、予定は不透明だ。

 落下していたのは、核燃料のプルトニウムを装着するときに使う「炉内中継装置」(直径46センチ、長さ12メートル)で、引き抜き作業は予定より7時間近く遅れた23日午後8時50分から始まった。装置は昨年8月に落下した衝撃で変形したため、炉の開口部のさやと一緒に、クレーンでつり上げた。約8時間かけ、24日午前4時55分に引き抜いた。

 

以上、記事によると、案の定また運転再開したい、だと!

何とかにつける薬はない、って言うけど、ほんとだ。

再稼動に反対している皆さんに賛成します。

言うまでもないけど、福井が福島になれば、日本は終わります。

 


2011年6月23日

 

 今日6月23日は筑紫哲也さんの76歳のお誕生日だ。

思えば3・11以後、全てが変わったことを筑紫さんは知らないのだ。

今日、日本にとっての一番の心配事は「もんじゅ」なのだ。

 

今日6月23日、原子炉容器に役10ヶ月間、事故で落下したまま放置(これまで何度も試みたが失敗)されていた炉内中継装置の取り出しを決行するという。

この作業はもんじゅを何が何でも廃炉にしないための措置でもある、とネットで誰かが書いていた。本当にそうなら、どこまでこの国は国民をバカにしているのだろう。
長いこと電力生産0で、停止することも出来ず、維持費に日々恐ろしいほどの国費を呑み込み続けている。これまでの深刻な放射能漏れ事故の数々。今年2月14日には担当の環境課長が自殺するという事態も起こり、そのネーミングとは程遠い、悪魔のような存在だ。もし福島のような事故が起これば、高速増殖炉のもんじゅは今の日本の原子力技術では制御出来ない。と心ある学者は断言しているし。

 

無事、取り出しは成功するのか。元々の落下事故の原因が作業員のネジの締め方が緩かったせい。などと、これまた原発事故原因によくある、あまりに稚拙な原因。

そんな呆れる話しばっかり。

だからもし作業中、また“想定外”の事故が起こり、おびただしい放射能漏れがあったとしても、多分この国はそれを隠すだろう。福島で思い知ったもの。

何とか無事安全に作業を終えて欲しい。今は祈るのみだ。

 

筑紫さんなら3.11以降この国の行方をどう見るだろうか。

まあくが6月11日に、原発反対デモに行った、何て話しを聞いたら驚くだろうか。

多分、そのデモの様子を熱心に聞いてくれるだろう。そして世界中がこの日、原発NO!とデモをやったことの詳細を教えてくれるだろう。この国が脱原発へと大きく舵を取るように、信頼の座標軸を示してくれるだろう。筑紫さんなら。

ったく、今年の6月23日は、とんでもないお誕生日になったね。

 

で、今夜まあくは風間さんと打ち合わせの後、風間さんのお友達も一緒に、銀座で4件のお店ハシゴでした。こういう日は飲むしかないでしょ。マヤちゃん、相変わらず美ボディーだし。

 


4月22日

 

 4月17日(日)大阪中ノ島公園であった原発反対デモに行った。大阪に来て、東京との温度差を感じていたから、多分参加者も少ししかいないかも、なんて思っていたけど、これが凄い、いい意味で前週10日に行った高円寺デモより盛り上がった。

人数こそ高円寺(2万5千人)には遠く及ばなかったが、それでも3千人は集まったか、こちらのほうが仕切りもしっかりしていて、オープニング(?)も、日本全国各方面からはせ参じた反原発グループや、チェルノブイリ支援グループなどのリーダーから次々と興味深い真実の話しがあったりして、参加者全員ががっしりまとまった感じ。

毎日TVで嘘ばっかり見ているから、全く彼らのいうことはいちいち納得で、とにかく嘘がない、ということがストレートに伝わってくる。

その後、行進ルートがきっちり説明され、速やかに行進に移った。中ノ島公園から、なんばまでの行程。

まあくたちは、前回の高円寺で学習して、何かメッセージの書いたものを持ってこうと、今回用意したのは、真っ赤なメルモのぬいぐるみに「NOMORE原発」「原発あかんで」と書いた旗を持たせたものだ。

かわいいメルモと反原発がミスマッチしたのか、沢山の取材カメラが「撮らせてください」と寄ってくる。その中に「朝日新聞」の腕章を嵌めた若い女性カメラマンもいたが、多分朝日新聞にこのデモのことは載らない。

TVも五大新聞も、電力会社は大株主であり、大スポンサーであるからだ。

だから、どんなに意義のあるデモでも、どれほど普通の人々の当たり前の願いを訴える貴重なデモでも、こと原発問題となれば、“なかったもの”なのである。高円寺のデモのことも、どこにも、1行たりとも出なかったし。

実際中ノ島デモの同日、同時間、同じ大阪で、チャリティーで誰それが街頭に立って歌を歌って云々、は、道行く観客4〜50人でもけっこうでっかく出ていたが(産経とかって新聞に)

行進が始まってしばらくすると、やけに声のいいお兄さんがリードを取ってコールした。

「魚が食べたい」「野菜が食べたい」「空気を吸いたい」「原発いらない」と、道行く人たちにアピールする。皆さんもそう思いませんか?安心してご飯を食べたい、と。カップルが通れば、「彼女を守れ」「彼氏を守れ」と、当意即妙にリードのコールを変える。ウルトラマンのお面を頭にひっかけた、黒い上下のスタイルもいいお兄さんは、俳優の山本太郎さんだった。

山本さんは自分のブログにもはっきり「脱原発」を書いている。高円寺にもいらっしゃっていた、というのをツイッターでも見た。実にかっこいい。

普段なら、おかしいと思ったこと(おおむねどうでもいいことだったが)を歯に衣着せぬ厳しさで追求していた文化人タレントたちも、原発問題になると一斉に口をつぐんでしまう。そんな情けないカッコ悪い人たちを毎日テレビで見て、うんざりしていたから、この山本太郎さんの姿は何ともすこぶるかっこ良く、彼の生き方、フィロソフィまでも垣間見た思いだった。

海外で生活し、CDとコンサート活動が主のアーティストならまだしも、俳優、タレントとして日本で生活している山本さんにとって、この活動がどれほど決心のいるものだったか、痛いほどわかる。

電力会社が横やりいれたりして、卑しいTV局(中でも心あるTV局はそんなことしないと思うが)が、電力会社のいうがままに、山本さんを干したりしないか心配だが、彼はそんな圧力も承知の上なのだろう。

TVカメラとともに避難所に顔出して、食べ物配ったり、「がんばろう!」と歌えば、そういう“安全な”立派な活動だけしていれば、各局のTVが美談と報じてくれるのに、だ。

何度も言うぞ!山本太郎さんはマジかっこいい!!

 

4時前にスタートした行進は、6時頃になんば裏の小さな公園にゴールし、到着順に、なごやかに各自解散した。

 

昨日久しぶりに、西麻布でいつものまあくの友人たちと集まった。そのひとりから、2週間被災地にいて、がれきの撤去や避難所の人たちの手伝いをしていた、という話しを聞いた。彼から聞く現場の話しは、テレビでタレントと握手して笑っている避難所の人々の姿とは全く違っていた。

つくづく脱原発を訴えることと被災地への救援は両翼だと思う。そして、密かに黙々と被災地で活動していた彼もまた、すこぶるかっこいいと思う。

 

デモから数日後、義援金に100億円寄付して話題になっていたソフトバンクの孫正義さんが、今度は10億円を投じて脱原発財団を設立した、というニュースを見た。

100億円で騒いだマスコミが、今度はどんなリアクションをするのだろうか楽しみだ(多分ノンリアクションだと思うけど)

 

毎年300億円にものぼる広告費用を、マスコミや名だたる団体に湯水のように注ぎ込み、日本人を洗脳してきた電力会社だが、それももう限界だろう。

時代はもう「脱原発」に向かっている。と、信じたい。

 

「今年の桜はいつもより綺麗に咲いている」

誰かのツイッターの言葉に、思わず涙が溢れた。

















 

 


4月11日

 

平井憲夫さん、鈴木耕さん、上杉隆さん、そして、藤波心さんへ

 

(ビューティービジネス連載「まあくのウオッチング」5月号掲載原稿)

 

 

                      まあくまさこ

 

 

2011年3月11日、日本の3.11は、今後ニューヨーク9.11と同じ歴史的重さで世界に語り続けられることだろう。

それは未曾有の天災から、恐るべき許されざるべき人災として、日本が世界中を最悪の混沌の奔流に巻き込んだ確固たる地位を確立して。

 

被災後今日で27日め、もう1ヶ月近くが経とうとしている。その間のこの国の有様は、まあくがここで書くまでもなく、皆さんもよくご存知のことだ。

まあくも、せめて自分に出来ることは?、被災者の皆さんに微力ながらも応援できることは何かと考え、行動もしてきたつもりだ。

しかし、東電、安全保安院、政府、原発学者たちを日々テレビで見ていると、そのどうにもかたづかない答弁の翌日に、必ず膨大な量の放射線物質が“拡散されてしまった”ことが発表される。その対処に、もういよいよなす術もなく、呆然と立ちすくんでしまう気分。

 

「元気を出そう日本!」とタレントたちが被災地に物資を届け握手して回る姿は立派だ。美談だ。避難所の皆さんの、一時にせよその笑顔は見ていてこちらも嬉しい。が、しかしあるワイドショーで女性作家が真実を言い放った。

 

「希望もないのに元気になれない!」

まあくも、これまで原発に何の関心も示してこなかった罪の一端を深く認識して、胸が張り裂けるほどの後悔の念に苛まされる思いでかえすがえすも思う、これが地震と津波だけだったら、これが天災だけだったら。

 

復興という文字は、もう目の前に見えたはずだ。

 

悔しい。大変な状況の中、せっせと作った野菜や果物、手塩にかけて育てた牛のミルク、それらを破棄しなくてはならない無念。今また漁場から高い濃度の放射線物質が出ている。この先何十年経っても二度と故郷へ戻れない、という地域も出てくるかもしれないのだ。今は土地の人々と共に、泣くしかないのか。悔しい。

 

だからこそ、これから、こんな悲劇を二度と繰り返さないために、泣くしかない、なんてこと二度と起こさないために、被災者への寄付や援助とともに、今わたしたちがやらなければならないことは、この悲劇の根本を追求することではないのか。今がその時期でない、と言うならいつがその時期なのか。どんな”結果”が見えたら動くのか。

 

これまで原発問題はマスコミのタブーだった。電力会社は巨大なスポンサーだからだ。心ある真実を語る人たちは、テレビからラジオから第一線から降ろされていく。

原発学者にしてもそうだ。まっとうな調査をする本当に優れた先生たちは、助教授にさえなれない、という組織が築かれている。

そんなこともこんなことも、テレビでは絶対言わない「原発の真実」は、雑誌や、インターネットで、もうすでに皆さんもごらんになっていると思う。

 

そこで、もう皆さんも気がついていると思う。

もう真実はテレビには、ない。大きな新聞も今や「大本営発表」のようだ、と。

 

“風評被害”と“世の中の混乱を煽るな”という錦の御旗に規制されたテレビや新聞を、それこそ“風評被害”(まさしく情報隠蔽のせいで外国人たちは本国から強制退去の指示を受けた)として読み、正しく恐れ、正しく防御し、正しく今後のエネルギーを考え、世界の中の日本としての未来を築くために、そして何より子供たちの未来のために、まあくはタイトルに掲げたこの4人の方々の活動を、メッセージを、知っていただきたい、とここに紹介する次第です。

 

まあくがしのごの書くより、その方々の書いている内容を読んでいただいたほうが真実を深く理解していただけるからだ。

 

 

平井憲夫さんは、すでにこの世にない。20年間原発作業員として従事し、14年前、被爆により癌に侵され亡くなった。彼が原発で働いた20年間から見えた真実を、ありのまま書いている「原発がどんなものか知ってほしい」という文章がある。それは今日の福島原発事故を詳細に予言していた、と言っても過言ではない。

 

鈴木耕さんは仙台在住のジャーナリストで長く原発についてまっとうな取材を続けている。14日の爆発直後に偶然鈴木さんの活動をインターネットで知った。何年も前から彼の書いている丁寧な取材に元づいた正確な恐れは、残念ながら今回福島で現実となった。

 

上杉隆さんもジャーナリストだ。BS朝日のキャスターやラジオのパーソナリティーをやっていらっしゃった。

いらっしゃった、と過去形になったのは、上杉さんが東電や政府の情報統制を懸念し、テレビや大新聞記者クラブの原発報道のあり方を言及したことで、スポンサーからクレームがついてTBSのラジオ番組を降ろされたからだ。

BS朝日のほうも同じように、原発にまともな危惧を持つ人を番組のゲストに呼んだ、というかどで、上杉さんを降ろせとスポンサーである電力会社関係からの指令があったそうだ。が、担当プロデューサーが、反対にその電力会社にスポンサーを降りてもらい、番組は今もスポンサーなしで続けている。BSの小さい番組だからこそ出来たのだろうが、プロデューサー氏も立派だ。地上波なら不可能だし、地上波にそんな腹の据わったプロデューサーもいない。

フリーのジャーナリストで組織する自由報道協会の仲間たちと、度重なる圧力を受けながらも真実の報道を追及していらっしゃった。

 

また過去形になってしまったのは、今上杉さんのホームページに、”無期限休止活動のお知らせ”が出ていたからだ。

東電から莫大な広告費を貰って何も発言出来なくなってしまった日本のマスコミ関係、特に記者クラブは許せないが、もう抗う術も尽きた、みたいな言葉も残していらっしゃる。反省顔の鳩山前首相も列席している、上杉さんのシンポジウムなどもぜひごらんください。

 

そして最後に紹介するのは、14歳の中学2年生。美少女アイドルの藤波心(ふじなみこころ)さんだ。彼女のブログは若い皆さんにも評判になっているからご存知の方も多いだろう。まあくもそのブログの内容を読んで驚いた。

 

「批判を覚悟で」というタイトルにつづられた14歳の素直な疑問は必見だ。

 

この4人のメッセージをインターネットでぜひぜひご覧ください。

 

本物の復興を、日本の明日を見るためにも。



 

PS

他にも

*武田邦彦先生のHP

*ドイツ在住の方のブログ「ドイツ たった一人の自分のためにできること〜ドイツ25万人の反原発デモ」

*映画「ミツバチの羽音と地球の回転」(渋谷ユーロスペース〜4月16日〜)素晴らしい映画です。

*ロイター発ー特別リポート;地に落ちた安全神話ー福島原発危機はなぜ起きたか

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20331720110330?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0

 

 

 

本日、4月10日(日)、ツイッターのよびかけを見て、高円寺での「原発反対デモ」に行きました。今自分に出来ることは?を考えて、義援金募金もさせていただき、東京に住む被災者の親戚の方々に、微力ながら応援させていただき、チャリティーイベントを企画し、その流れで、このデモに参加しました。

2時、高円寺集合とありましたが、まあくが都知事選投票の後、高円寺に着いたのは2時半ごろでした。駅そばの公園にはもう溢れんばかりの人々が集まっていました。

普段は、まあくと同じ、デモに参加するなんてこと全く考えてもいなかった人たちが、

福島の現状、それでもまだ原発を造り続けるというこの国の体制、原発事故についての進退をほとんど何も報じなくなり、恐ろしいほどの数値と新たに規制された食品の名前を淡々と発表しているだけのテレビ、等々、そんな諸々に、もうもうたまりかねて集まってきた、という皆さんです。普通に普通の感じの人たちがほとんどでした。

1万人か1万5千人か、ひょっとしたらそれ以上の人たちが行進しました。

子供連れや赤ちゃん連れのファミリーも多く、なごやか、とでもいうような行進でしたが、警官の姿が異常に多く、その警官の数の多さに、こういう場が初めてのまあくは最初少し不安に思いました。

でも皆さんゆったりと、警官の誘導に従って、斉藤和義さんの「ずっとウソだったんだぜ」を流したり、「原発はいらない」「子供を守れ」と、リードのリズムにあわせて行進していました。

ただ、今回企画した皆さんもこれほどの大勢の集まりになるとはおもわなかったせいか、慣れていないせいか、せっかく集まった多くの人々の切な思いをひとつにまとめて、世の中に上手くアピールできなかった感も若干あり。大変だとは思いますが、所謂まあく的に言うと“仕切りが悪い”のがちょっと残念ではありました。

ともあれ、高円寺商店街の有志(と聞きました)の呼びかけに、これほど大勢の人々が集合した、ということはとても意義あることだと思います。

多分この集会は、テレビでは一切報道されないでしょう。各局ワイドショーも、この連日に違わず避難所にまんじゅう配って「頑張って!」と握手する、みたいな有名人の姿や、「被災者の皆さんに心をこめて歌います」みたいな募金集めするタレントさんたちの姿を延々と流すのでしょう(もちろんそれもとても大切なありがたい崇高な行為ですが)

そしてゴールデンタイムは面白特番バラエティー満載です。

福島原発事故は未だ収束出来ず日々放射能を垂れ流している現実、また新たに同じような人災が他の原発で起こりえる危惧(今なおしょっちゅうピンポン!と各県の震度00の地震速報が出るのに)、それらのことをテレビは、もう皆さんあんまり考えないで下さいね、みたいな勢いです。日々放射能の数値は驚くほどに上っていても、どんどん安全数値が緩くなっていっても。

「ただちに影響はない」といい続ける報道にとっては、こういう出来事(反原発デモ)は、なかったもの、なのでしょう。

東京都知事選の結果が、今、早々と出ました。今はまだわかりませんが、もしこの期に及んでも投票率が低かったら。またひとつ希望は消えます。

 




4月10日
高円寺に続々と人々が集まってきていました


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いよいよ行進がスタートしました

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異常に多い警官の数

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何だか警官だらけです

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高円寺駅まわりを三時間ほどかけての行進

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沿道で見ている人たちも「原発とめろ!」「海を汚すな!」「山を汚すな!」「日本を汚すな!」「世界を汚すな!」と行進する人たちに合わせてコールしていました。

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五時半頃ゴールの高円寺駅前広場でお出迎え体制の、
すごい数の警官隊の皆々様



3月14日  東日本大震災

ニュージーの大震災に続き、何と今度はわが国で未曾有の大地震がおきた。

東北地方を中心に、太平洋沿岸地域が壊滅的な被害を受けたのだ。

3月11日、東京での揺れもかつてないほどの激しいものだったし、その後の混乱も酷いものだったが、刻々と報道される被災地の凄まじさを識るにつけ、東京の被害などさしたるものではなかったことを思い知る。

今朝の新聞には死者は万人単位という見通しが出ていた。安否確認の出来ない人の数が未だ1万2000人以上というのだから。

何て痛ましいことだろう。余りにも多くの人たちが愛する人を、家屋を、全てを失ったのだ。

被災された皆さんには、心からのお見舞いをしたい。新聞やテレビ局でも義援金を募っている。

せめて今出来ることが寄付なら、出来る限りの寄付をしたい、日本国民全員がそう望んでいる。いや世界中の人たちも、だ。実際世界各国からの支援物資も続々と届き、救援隊も次々と被災地に到着している。どうぞ希望を捨てないでください。

 

そんな、何とか乗り越えようという必死の祈りと願いの中、

また恐れていたことが起こってしまった。福島原発の惨状である。

昨日の1号機の水素爆発に続き、今日また3号機が爆発した。それも1号機よりも何倍もスケールの大きな爆発である。

昨日から、東電の原子力保安院とかの代表が会見しているが、何言ってるかわかんないボソボソしたしゃべりの不安そうな眼をした人、やたら声は大きいが「えー」とか「あー」とかばかりの人、やたらきょどってる人、そんなんばっかり5人並べて、何かと言うと「確認中」。結局みんな呆けた顔して、要領の得ない受け答えをしている。そんな人たちの訳わからない説明聞いて、「落ち着け」だの「人体に影響は少ない」などと言われても、誰が落ち着けるのか。

その後も次々入れ替わり立ち代り出てきては「確認中」。その誰ひとりとして理路整然と明確な事情説明をしてくれる人がいない。信頼という感情が、欠片もわかない。

あげくは「想定外」だと。原発に想定外なんて、あってたまるか。それでよくこれまで「安全だ安全だ」と繰り返してきたものだ。

計画的停電の発表にしてもそうだ。これら全ての対応のまずさよ。こういう人たちが原発稼動の責任者代表なのか、と寒気がしたのは、まあくだけだろうか。

 

これほどの地震国日本と原発との共存は、どう考えても無理がある、という声は、もうずーと前からあった。

阪神淡路大震災の教訓をこの国は全く生かしていなかったのか。あの時も心ある人たちは「これが東北地方だったら、原発銀座と呼ばれる福島原発はどうなるのか?」

と、警鐘を鳴らしていた。

筑紫さんも原発については不安を語っていた。

大体日本は水力発電と風力発電でかなり補えるはずだ、と。そして、原発は原爆より怖い、原子爆弾はボタンを押す、という意思が必要だが、原発事故は何の意思もなく起こりえる。逆説的に、そんなに安全というなら、東京の埋立地にでも原発を造ればいい、と。

昔々からそうだった。竹村健一さんあたりが詭弁を弄して、原発を憂う心ある人たちを変わり者扱いにし、マスコミもそれを許してきた。TVで「原発が危ない」と言えないのは、大きなスポンサードのひとつが東電だからだ。

筑紫さんもそこにじくじたる思いがあったはずだ。

 

そう言えば筑紫さんは、長く電力会社に勤めていたお父さんの話しを全然しなかった。

郷里の日田でお医者さんをしていたお祖父さんの話しはよくしてくれた。

好奇心旺盛の魅力的な人物で、とにかく面倒見がよくて、お祖母ちゃんに薬を鉢で作らせて、みんなにあげていた、とか、家には往診に行くときの籠があって、村のみんなが担ぎに来る、とか、楽しそうに話していた。筑紫家は医者と記者が出て、いないのは芸者だけ、なんて。筑紫家は隔世遺伝の家系だね、筑紫さんはおじいさんに似たんだ、って、まあくが言ったら、そうかもね、って嬉しそうだった。

そんな関係ないことまで思い出したら、この惨状を筑紫さんが見たらどんなコメントをするだろう、と考える。

 

これも何年も前のことだ。「週間金曜日」で原発のメンテナンスのずさんさ、の特集をやっていた。チェックするスタッフが、トンカチだのペンチだの工具が、精密なに部分の”中”にごろごろ転がっているらしい。社員にはそんな“危険な仕事”させられないから、報酬次第で何でもやります、というアルバイトを高いバイト料で雇って、そういう重大な仕事をさせている。でもみんな責任ない人たちだから平気で工具を忘れてくる、みたいな、まるで冗談みたいなことが書かれていて、ゾーとしたことを覚えている。そうだ、その「〜金曜日」の雑誌を、読んでごらん、とまあくにくれたのも確か筑紫さんだ。

ついでに、これも随分以前の、こんなことも思い出した。シティーボーイズが、原発を稼動している会社の、あまりに稚拙な日々、のコントをやっていた。皮肉な笑いが満載の秀逸な舞台だった。どちらも世間的にはあまり評判にならなかったが。

でも昨日の5人組を見てると、「〜金曜日」の記事もシティーボーイズのコントも、凄くリアルに思える。

 

昨日鈴木耕さんという方のコメントをネットで偶然見た。まあくもこれまで知らなかったが、長いこと原発について取材している仙台在住のジャーナリストで、実にまっとうなことを言っている。

こういう人をまあくは今まで知らなかったのが恥ずかしい。

鈴木さんは言う。それを放置したのは誰だ、おまえたちだ、そして自分だ、と。

確かに、どれほどの大震災がきても、のうのうと原発を造り続けることを、ノー天気に傍観していたのはわたしたちだ。

 

日本にあるすべての原発を失くせ、とは言わない。だが、もうもう原発は1基でも少なくして行こう、という努力はぜひものではないのか。

今回の規模の地震が御前崎にある浜岡原発を襲ったらどうなるのか?!

東京だって目と鼻の先だ。東京住民も、被災者にして被曝者となる

クリーンで安全、の原発神話がここに崩れ去ったことを、肝に銘じるべきだ。

 

ここ1週間の新聞を捨てないでおこう、と思う。

「原発爆発」「高濃度放射能放出」を見出しに掲げる新聞を、しっかりとっておこうと思う。

この何日間の不安と恐怖と後悔を、絶対忘れないでいたいからだ。

 

世界中が見ている。

もうもうと煙を上げる原子炉は、これまで何も真剣に原発のことを考えなかったわたしたちに、最大の試練をつきつけている。

 

 

 

東京だって目と鼻の先だ。東京住民も、被災者にして被曝者となる

クリーンで安全、の原発神話がここに崩れ去ったことを、肝に銘じるべきだ。

 

ここ1週間の新聞を捨てないでおこう、と思う。

「原発爆発」「高濃度放射能放出」を見出しに掲げる新聞を、しっかりとっておこうと思う。

この何日間の不安と恐怖と後悔を、絶対忘れないでいたいからだ。

 

世界中が見ている。

もうもうと煙を上げる原子炉は、これまで何も真剣に原発のことを考えなかったわたしたちに、最大の試練をつきつけている。

 

 

 


2月27日  ニュージーランド地震(2月22日)

 

22日の地震発生から早や5日間がたった。

今回の地震で被害に遭った日本人のほとんどが語学留学していた若い人たちだ。次女も夏スキーでしばらくニュージーランドに滞在していたから、どうにも他人事とは思えない。

特にご両親の心痛、察するに余りある。

ニュージーは人気の留学先だ。それ以上に人気の留学先がオーストラリアだ。どちらも大自然と、ワーホリ(ワーキングホリデー)で働きながら学べるビザが魅力となっている。次女もオーストラリアには語学留学で1年弱ホームステイしていたこともあった。

どの親も長期間海外へ子供を送り出すときは不安だ。それでも、娘の、息子の夢がその先にあるのなら、と、溢れる心配を押さえ込み、「行ってらっしゃい!」と笑顔で送り出す。ある意味親のほうが、より決断と勇気がいる。

 

いつもうちのイベントに見事な薔薇を提供してもらってるアサオカローズのアサオカご夫妻はまあくの友人だ。息子さんのトシくんは、中東のレバノン大学に留学している。日々紛争やテロのニュースが伝わってくる中東へ、あえて息子を送り出すその決断と勇気。

トシくんが、しっかりと街や生活の安全も確かめ、そこで学びたいと熱望したからだ。

現在はエジプトやリビアの影響で新たな心配もあるだろう。それでもトシくんの意思を応援する、そんなアサオカご夫妻をまあくは尊敬する。勿論トシくんのことも。

 

今回のこれほどの大きな地震は何千年もなかった、という見方もあるらしい。そんな稀有な時を壊れやすいビルで迎えるという不運を、ただ運命という言葉で納得出来るものではない。だから、もしかしたら、子供を送り出す決断をした自らを責める親御さんがいるかもしれないが、まあくは思う。お母さん、お父さん、あなたは間違っていない。

先月うちのスクールで、元国連事務次長の明石康さんが海外留学する若い人達が減少傾向にある、と、グローバル化に反比例するような日本の若者の現象を憂いていらっしゃった。今こそ日本はもっと外に目を向けなければならないのに。

この痛ましい災害で、また海外留学に歯止めがかからなければいいのだが。

 

日本の国際緊急援助隊も徹夜で不明者の救出作業にあたっている。どうぞ希望を捨てないで。今は、一人でも多くの皆さんが無事でありますようにと、心より祈り、奇跡の時を待ちたい。


2月試写「サンクタム」

 

セブ島から戻った翌日。話題の3D映画、J・キャメロン製作・総指揮「サンクタム」のプレミア試写に行った。マスコミ関係だけだったが、会場(六本木ヒルズ〜TOHOシネマズ)は長蛇の列で、開場間も無く満席状態に。「アバター」の次は?という皆さんの期待のほどが伺える。

3Dを最前列で観賞する不運は避けられ、会場中央ちょい上手よりの良好ポジションに座り、予備知識全くないまあくは、さっそく資料に見入る。


えー!巨大な洞窟?!その上、地底の水路とかって、狭いし、息吸えないし。プログラム見ただけで閉塞感満開の、まあくが一番怖い系映画だと判明する。

水中、ってことで、‘89年に観た「アビス」を思いだすが、あれは舞台が海だし、宇宙人登場とかで、結果えらいファンタスティックな映画だった。

でも今回はすごいすごいのリアル。脚本家の実体験から生まれた物語だけに、ひとつひとつの生死を分けるエピソードがめちゃくちゃ怖い。エイリアンみたいにあり得ないことでの恐怖なら、どんなに怖くてもおまかせ!だけど。きっと閉所恐怖症とカナヅチは耐えられないだろう。

そんくらい“匠の技と最新のテクノロジーが結集の3D映像”のキャプション通り圧倒的な迫力だが、「アバター2」のための、その最新のテクノロジーのカメラテスト、って感じか、作品的には今ひとつ。でもしっかり偉大な父を超えて行く息子の成長物語にまとめている。

監督はアリスター・グリアソン。

4月22日公開。

 


風間杜夫さんの「ひとり芝居」五部作一挙上演 11月3日〜11月10日(本多劇場)

初日に、風間さんの「紫綬褒章」受章というビッグなお祝いがついて、いっそう盛り上がった華やかなロビーには、風間さんのこれまでの舞台俳優としての歴史が、写真やビデオ映像で紹介されていた。


ロビーに溢れるお祝いの胡蝶蘭。そしてTHE風間杜夫舞台の歴史




映像でも舞台の名シーンが次々と映し出された


まあく的にも懐かしい、つかさんの舞台から、先だって観た、岩松了さんの「シダの群れ」まで、
85本の舞台作品がずらり。まさに圧巻。
若い頃の風間さん、確かにかっこいい、でもまあくは今の風間さんのほうが好きだ。


「シダの群れ」


それにしても凄いことやるなあ、風間さん。97年から始まり13年続いているという、全くもってひとりでの舞台。それも今回は五部作、5時間、一挙上演!って、観る方もワグナーのオペラ観るくらいの体力と覚悟がいる。でも始まったら、楽しくて、切なくて、おかしくて、哀しくて、腰の痛みも気にならないくらい、あっという間の五時間だった。


団塊の世代、妻と二人の子供を持つさえないサラリーマン牛山明の哀切の人生を、風間さんが、
見事におかしく、深く、そしてかろやかに演じ切った。

特に「カラオケマン」でのカラオケシーンの饒舌さ。

「旅の空」での、架空家族とのイタリアン食事シーンの巧みさ。

「一人」での大衆演劇役者になってのセリフまわしや、「コーヒーをもう一杯」での女性をなだめる
風間節は、彼の真骨頂。

最後の「霧のかなた」で、風間さんは、生のギターにのせて、小林明さんの「あれから」を歌うが、
これは秀逸。この舞台の白眉って言ってもいい。本当に素晴らしいシーンだ。
今思い出しても胸が熱くなる。


ひとり芝居三部作では”03年に「文化庁芸術祭賞演劇部門大賞」
”04年に「読売演劇大賞最優秀男優賞」を受賞してた!



1時から6時までの上演時間は、勤め人には厳しい時間だ。それでも連日超満員で、土・日は、
補助席に座布団が登場したらしい。座布団と言えば、席全てにクッションが置いてあった。
へえー、本多劇場さんも最近こんな気の利いたことしてるんだ、って、終演後、風間さんに言ったら、「これはオレのアイデアで、オレが用意させたんだもん」って、どや顔(笑)してた。
「エライ、エライ、さすが風間さんだね」って誉めてあげたけど。(笑)


勲章もそうだけど、風間さん、ほんとに凄い役者さんになったんだなあ。
9月末に「シダの群れ」(シアターコクーン)で、久々に風間さんの舞台見た時も嬉しかったけど、
今回はひとりの、それも、風間さんのライフワークとも呼べる作品で、高い評価を受け、
実際素晴らしい舞台を完成させた。

それも本人は、いたってかろやかに演ってるのが、とても素敵だ。
5時間ぶっとうしで出てて、終わってから、まだ物足りないような顔してたし(笑)
2回の休憩の時も、「休んでないで早く舞台に出たかった」って、どんだけ舞台に立ちたい人やねん!(爆笑)


いいなあ、風間さん。どんなにエラくなってもちっとも変わらないし。
まあくのことを「まあくん」って呼んでくれる時代の、数少ないひとりだ。
これからもいよいよかっこよく、風間さん、でいてくださいね。

「ひとり芝居」大盛況、「紫綬褒章」おめでとうございました。そしてお疲れ様でした。


下北沢、っていうのも、また懐かしいね


また12月13日の「YEBISUふたり亭」楽しみだなあ。


二年目の11月7日に

今年も11月7日が来た。
去年の11月7日、まあくは、姿月あさとさんのコンサート「リ・ファイン」の本番をガーデンルームでやってた。
一昨年の今日、筑紫さんのことがあった。

今日、実は行きたいところがあったのだが、スタッフのある単純ミスが発覚した。スタッフのミスはまあくの責任だ。そのフォローのため、半日を費やした。日曜日の休日なのに結局仕事になった。
仕方ないが。



2年たった今もなお、正直言って実感がわかない。
それまで1年半はほとんど病院にいたから、徐々に会えなくなったから、今でも療養していて、また帰って来てくれるんじゃないか、と、あり得ないことは解っていても、心のどっかにそんな思いがなくもない。



特に昨今のニュースを見るにつけ、彼ならどう伝えるだろう、と考える。
尖閣諸島問題は、中国漁船の衝突の責任をきっちりしないまま、まぬけにも此処に来てまたそのビデオ流出など、ますます中国との軋轢を深め、世界的にも信用の失墜となった。きちんと世界に問う形で、中国に対して戦略を持ってビデオを使う手段もあったのに、稚拙、としか言いようがない。
ロシア大統領北方領土入りもそうだ。アメリカに対しての沖縄問題しかり。エトセトラ、エトセトラ。全てにおいて日本の諸外国への何とも対応の幼さ、タイミングのまずさ。人と人として、きっちり渡り合えない中途半端さ。


諸外国から尊敬される政治家が誰一人いないのが、悔しい。
筑紫さんは「民主党に一度やらせてみればいい」とよく言っていた。菅さんや岡田さんが番組に出た時も、こうすれば、こう言えば、もっと一般から支持されるのに、と。
民主党政権になった時、筑紫さんにこの選挙結果を見せてあげたかった、って、思ったけど、それほどのものじゃなかった。


それにしてもここんとこの菅さん、イマイチ切れ味悪すぎ。顔も何だか良くなくなった。何でだろう?
これまでの自民党のツケは膨大だと思うけど、それにしても民主党のいいとこ最近一個もない。
そいでまた今日、「八ツ場ダム中止前提を撤回」だって。馬淵国土交通相が。
前原さんが、やっと“コンコルドファラシー”を止める覚悟をしたんだ、って思ってたら。
もうもう一生やってなさい。



こんな日本の政治云々のために命縮めるなんて、馬鹿だなあ。
とまれ、筑紫さんは、本田靖春さんから「あなたは間違っても禅譲などということは考えず、死ぬまでマイクを持ち続け、世に問い続けて欲しい」
と、遺言のような手紙をもらったことを、よくまあくに話してくれていた。
その手紙を書くのに、闘病中の本田さんがどれほどの痛みに耐え苦しい状態で自分に書いてくれたか、ということも。


本田さんが亡くなった時、あの頃まだまだ強かった筑紫さんが、さすがに憔悴した顔で、読んでごらんと、「我拗ね者として生涯を閉ず」という本田さんの本を、まあくにくれた。
本田さんは筑紫さんが一番尊敬し慕ったジャーナリストの先輩だった。そして本田さんは最期までジャーナリストとして、ペンを持って亡くなった。
その本田さんの言葉が、筑紫さんが病に伏しても、最期まで番組を辞めなかった理由のひとつなのだ。



一昨日、風間杜夫さんの5部作一挙上演の「ひとり芝居」を観た。
5時間に及ぶ舞台の終盤に風間さんが「あれから」という小林明さんの楽曲を歌った。
あのシーンは、この舞台の白眉だと思う。
あれから2年たって、まあくも“乾杯”しよう、と思う。


 


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