夢は破れ、夢は叶う VOL2

連休直前の金曜日の仕事終わり、いつものように、長女がいる南紀白浜へひらっと飛んだ。50分のフライトで、爽やかな風と白砂ひろがる海である。パンダと温泉三昧の週末を過ごして、さあ明後日はまた本番だと、機嫌よくPCを開けた日曜日の夜。と、先日書いたまあくの連載エッセイに、意外!なリアクションが来ていた。アメリカのオレゴン州ユージーンに住む友人Kのことを書いたのだが、そのKからだ。
なるほど、アメリカの田舎町というのは、日本の田舎などと比べ物にならないくらいとてつもなく田舎で、広大な土地に狭くて狭い社会がある。中でも特に、日本人社会が、信じられないくらい、狭くて狭くて狭いのだろう。
それにしても、まさか、遥かユージーンでまあくのブログを見てくださっている人々がいるとは。Kさえも、ユージーンでの子育ての忙しさ、時間の余裕のなさ見てしまっていたから、実際その後まあくの、今世紀最大精神的危機(ちとオーバーか)の際にも、そのリアクションの遅かったこと、も含めて、今は自分たちの生活で精一杯なのだろう、というのは十分理解していた。当たり前だ、みんな忙しい。
こちらもありがたいことに充実の仕事とオフで、ぎっしり毎日愉しんでいたから、意識も遠くのかなたになっていたのだ。実際の頭文字も、Kではないし、旦那もFではない、とそこまでは気を使ったつもりだったが。
それが意外やあちらはしっかりまあくのブログを見ていてくれていた。こちらが仰天して恐縮してしまった。
先ごろのスーザン・ボイドさんの話題から、ついKを思い出してしまった。いつものまあくの思い込みで、Kなら、もっともっと活躍出来るのに、と。それもこれも子育てKに任せっきりの旦那Fの協力の無さ。とFに対する憤懣で、つい書かなくてもいいことまで書いてしまったようだった。実際Fが(ここではもう書けないが)ユージーンの家の庭で、Kに対してまあくに言った言葉に、心底腹がたった。その時その言葉をKに告げなかったのは、それでもFに希望を持とうとしているKの気持ちが解ったから、Kを傷つけたくなかったからだ。
そんなことも思い出し、結局Kを傷つけることを書いてしまったようだった。Kには本当にごめんなさい。
というわけで、明後日本番控えながら、企画書原稿も明日締め切りあるけど、急遽VOL2を書いている。


まあくは、20年以上前から、東京でばりばり仕事をしていたKを知ってる。まあくのエッセイにも“美人の友人”として度々登場する、自慢の友達だった。
そんなKが、困難乗り越え素敵なアメリカ人の彼と結婚した時、心から嬉しかった。
しかし、時がたち、Kから旦那のことを聞くほどに、そんな旦那とは別れるべきだと確信してしまった。そう、余計なお世話だ。
「もう旦那と一緒にいるのは無理だ」、だから、と、悩んだ末Kは、二人の子供を連れて、アメリカに行った。その理由を当時Kは色々な言葉でまあくに説明した。行く先が、それまで聞いたこともない、オレゴン州!ユージーン!(何処?それ?)でなければならないことも。
一時疎遠になったりしたが、早くからPC駆使してメール三昧のKと、遅まきながらPC使えるようになったまあくがやっとこさのメールで繋がったとき、Kはホントに喜んでくれた。また付き合いが復活した。
この何年間、ユージーンにおいで、と何度も何度もKから誘いがあった。何もない田舎だが、自然の素晴らしい、安らげるところだと。
スペイン一人旅、アルゼンチンのブエノスアイレスでタンゴのショーを創る旅、オーストラリアはメルボルンとブリスベンに、娘がホームステイで世話になった家族にお礼を言う旅、中国の山奥、臥龍にパンダの里親になる旅(1年分のご飯代寄付したら子パンダに名前をつけられる〜で、愛華―アイホアと名付けた)から、ボルネオにオラウータンに会いに行く旅。がんを克服した友人に会うためだけに、正月休みにシドニーに行ったこともあった。隙間を縫ってハワイやグアムにボンヤリしに行った。ここ数年だけで、生き急ぐように、スケジュール駆使して世界中回っていたまあくだったから(実際その頃TBSの山田さんに、何を生き急いでるの?と言われた)、Kは、まあくならユージーンだって簡単に来られる、という感覚があったのだろう。
が、「地球の歩き方」一冊あれば何処にでも行けるが、オレゴンのユージーンの案内書なんて、どこにもない。(ちなみに、承知はしていたが、誰の迎えもなく一人でユージーンの空港に降り立った時は、何が何だか解らなくて絶望的になった)それでもエイヤ!と行ったのは、Kが、日本から旦那が来てる間はまあくと会えないが、自分がいない間も、自分の友達がフォローしてくれる、と、実際Kの友人に連絡してくれた。ホテルもユージーン一番の良いホテルを予約すれば快適だし、まあくの好きな乗馬も出来るし、と熱心な誘いに、Kのユージーンでの寂しさを感じたから(かってに感じてしまったのだ〜すみません〜全然寂しくない、と言われた)行ってあげよう、と。もちろんまあく自身も、リフレッシュしたかったのは、確かだ。
Kと会えない間は、乗馬と、のんびりホテルで宿題してよう。たとえ2日間でもKとゆっくり話しが出来ればそれでいい、Kも喜んでくれるだろう、と思って決めてしまったのだ。
それは決して、自分の話しを聞いてほしい、ということだけじゃない。実は前回のエッセイに、つい御世辞で、落ち込んでいたまあくが話しを聞いて欲しかった、と書いてしまったが、まあくは実際、そのときはあることで心配はしていたが、決して落ち込んではいない。
大体自分の悩みを聞いてほしいだけなら、わざわざ飛行機トランジットもありーので、十何時間かけて、1泊200ドル余りのホテル12泊もとって、案内書ひとつないわけわかんないところに行くのに、空港に迎えもなしに、そうまでまでして、絶対行かない。
そんなことしなくてもタクシーで5分、西麻布で、まあくの日々の仕事も気持ちもまじかで見てる(それも忙しく活躍してる)友人といつでも会える。彼らは、もしまあくが落ち込んでいたら、嫌というほどまあくの話しを聞いてくれる。というより、「飲もうよ、まあくの話し聞くのは愉しみ」とばかり、ホントは忙しくて寝るのを削っていても、まあくを誘ってくれる。
それに、だからってまあくには、愚痴や悩みをくよくよ語る、気持ちも趣味も必要も、ない。悩みも愛も、みんな作品に芸術として昇華することが出来るからだ。それがまあくの仕事だ、と自負している。
んな訳で、話し聞いてほしいだけで、そこまで行く奴は、誰もいません。
わざわざオレゴンに行くのは、何の有名どころも何もなくても、時間もお金も使ってそこに行くのは、そこにいるKに会いたいから、Kのために行ってあげたい、という切な気持ちがあの時あったからだ。
これまで、日本からKに会うためだけに、誰か友達がオレゴンに来ましたか?そんな迫力、多分誰もないだろう。
だけどKにとっては、頼んだわけじゃない。そのとうりだ。そう、まあくがかってにタイミング悪い時期に行っただけの話しだ。ほんと、申し訳ない。
Kが、小学生の長男が描いたという絵を見せてくれた。パパと、パパを見送る自分の絵だ。目には涙が溢れている。まあくはその絵を見て胸が一杯になった。
Kが,旦那と一緒にはいられない、でユージーンに来たのなら(それだけではないにしても)、旦那に、Kと子供たちと一緒に暮らそうとする努力がないのなら、何故Kは旦那と離婚しないのか。そんなこと思うまあくが間違いか。まあくはそんな矜持のない生活は、絶対に絶対に嫌だ、と思ってしまったのだ。間違いか。Kが素敵な自慢の友達だから、とても悔しかったのだ。そう、悔しかったのだ。もったいない、Kなら堂々とやり直したほうが、100倍素敵に生きられるのに、って。そのほうが子供たちにも幸せなんじゃないか、って。
Kからしたら全く大きなお世話だ。Kの気持ちは、それでも旦那と繋がっていたいのだ。それが初めてわかった。彼の妻でいることが、“よるべ”なのだ。前回“未練”なんてまあくが書いたのは撤回します。俗に言う筆が滑った、ってやつだ。ケチ旦那も撤回します。まあくの家庭がお金にテキトーなだけで、きっとしっかり旦那なのだろう。
でもまあくは、年子の赤ちゃん二人を育てるのは大変だとお手伝さん雇ってくれたり、パンダの名付け親になるのに65万円寄付しても、エルメスのバッグより有意義なお金の使い方、って理解してくれる自分の旦那や、まあくが観たいと言えば5万円のオペラのチケットとってくれる彼しか知らない。そういうのが、旦那だ、って、男だ、って、そう思っていた。やたらお金に細かくて、それもK一人に大変な子育て任せっぱなしにしてる旦那には、ひいてしまったのだ。重ねてお詫びします。
とにかくそんな愛もあるのだろう。まあくは理解できないけど、人それぞれなのだ、まあくにしのごの言う権利は、全くもって絶対、ない。そこに関与する興味も、正直、ない。当たり前だ。そこまで暇じゃない。
ユージーンで幸せになって欲しい。いや、十分幸せなのだ、とKは断言する。そうなのだろう、良かった。本当に。
ただ、寸暇を惜しんで大学に通って英語の勉強もしてるKを、本当に立派だと思うけど、あまりがんばりすぎないで、とも思った。見ていて精神的にも時間的にも余裕のない生活になってるのが、(こちらがかってに)心配になったからだ。
二人の子供にも、執拗に注意ばかりしていた。素晴らしくいい子供たちなのに。“教育”をアセッているように見えた。ご近所さんにも凄い気を使っていた。飼ってる大きな犬にさえ、“癒される”どころか負担のように見えた。旦那がいない長い日々を、自分が取り仕切っていかなければ、という“頑張り”がひしひしと伝わってきて、何て言うかけなげで痛々しい感じさえしたのだ。
ご近所さんと言えば、近所のアメリカンリタイヤ夫婦を紹介してもらっても、まあくは興味ない、と書いたのは、決して悪気じゃない。当たり前だ。まあくはKのように英語も堪能じゃない。微に入り細に入り話せない。ニューヨークに住むアーティストの熟年夫婦なら、ブロードウェイのステージなど、同じ興味の共通言語で話しも弾むし、拙い英語でも十分気持ちは理解しあえる。しかしずうーとユージーンで、公務員勤めて引退して年金暮らし、自分で家を改装するのが趣味の夫婦と、どんな話しをしていいのか、それもまあくの英語力で。
だからKのおかげで知り合えた日本人の妻たちとは、すこぶる興味深く話しが出来た。楽しい時間をまあくにくれて、ホント感謝している。前回にも書いたクエさん、その友達のゆきちゃんとあやこちゃんにも。
ゆきちゃんの旦那は日本人で、東京の某大学教授だが、ゆきちゃん自身も学究の徒で、旦那と研究成果を競っていた、というからかっこいい。旦那との喧嘩シーンの再現話しも爆笑ものだ。その後、ゆきちゃんが日本に一時帰国した時、まあくの「アンニュアージュトーク」を恵比寿に見に来てくれた。感激。実際に足を運んでくれるって、ついでながらもやっぱまあくは凄い凄い嬉しかった。楽屋に来てくれたら、きっと打ち上げも誘っただろう。はるばるユージーンから来てるゆきちゃんを歓待したい、それがまあくだ。後にゆきちゃんから届いたユージーンのナッツ、超美味しかったし。
あやこちゃんは沖縄出身。旦那はアメリカ人ですでにリタイヤしているそうだが、我かんせずのマイペース、の感じが愉快。それに息子さんがいい。オレゴン大学に通う20才。彼には何度か乗馬クラブに車で送ってってもらった。なかなかのハンサムくんでテニスもプロ級らしい。お母さんに対する彼の態度がまた気持ちいい。
  彼女たちが、何故どうして今ユージーンなのか、ゆっくり聞いて、本にでも書きたいと思った。「ユージーンの妻たち」ってね。冒頭に書いた海外の田舎での日本人社会の狭さも、ある意味興味深い。
 今は、上海の友人宅行くのをパスしても、八ヶ岳で次女共々乗馬に夢中になってるまあくだが、馬に乗るたびユージーンのあの広い空と、Kやユージーンの妻たちを思い出している。
 

みんなの夢が叶いますように。

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