まあくのWATCHINNG(ビューティービジネス誌より)

空気を読める女,空気を読めない男

 毎夜のスポーツニュースで、Rソックスキャンプでの松坂投手を見る。

日々にこやかな姿でインタビューを受ける松坂さんは、日本からメ
ジャーへと飛び出した第2世代といえるだろう。
 第1世代、始まりは‘95年。

12年前、ジャース入りした野茂英雄投手だ。当時球界内部では「日本野球界の反逆者」のような目があった。

実際に日本人選手が世界のメジャーで通用するのか、スポーツマスコミも、応援より非難すら含んだ“様子を見る”ような感じだった。


 その後の大活躍、マスコミの手のひら返し絶叫狂喜乱舞絶賛報道ぶりも物足りないほど、
日本中が彼の一挙手一投足に注目した。

アメリカ人が「ノモ!ナンバーワン!!」と、歌いはしゃぐ姿に、日本中がはしゃいでいた。

丁度その頃、LAに行った。空港からずうーとメイン通り両肩に、野茂さんの迫力投球姿映し

たデカ旗がずらりと、はるかどこまでも並んでいた。

ちょいと胸がつまるほど誇らしく、LAの
風になびく野茂さん旗を見たのを覚えている。
 彼こそ日本人メジャーのパイオニアだ。イチ
ローさんも松井さんも、そして松坂さんも、野
茂さんが切り開いたゲートがあって、その門目
指す可能性がより具体的になった。
 緊張感漂っていた、入団時の野茂さんの会見、
終始にこやかな今の松坂さんの会見。10年余
りでここまで来たのだ。
 先日、まあくも大尊敬し大ファンである現代
女性作家のパイオニア、瀬戸内寂聴さんのお祝
いの会が帝国ホテルであった。
 文化勲章、国際ノニーノ賞、徳島県民栄誉賞、
作家生活五十周年記念、である。
 早めに行って、ご本人にご挨拶しておきたい、
と目論んだが、ご存知「孔雀の間」は開宴20
分前すでに、満杯状態。これも寂聴さんのお人
柄、“義理で来ました風”の人々ではなく、
“先生慕う風の人たち”で溢れている。
 それでも寂聴さんちのれいこさんに控え室教
えてもらい、ご挨拶させてもらった。
 大勢の凄い凄いの著名人沢山沢山に囲まれて
いらっしゃっても、まあくごときをちゃーんと
憶えていてくださって、遥か昔の“ペンギン”
プレゼントのお礼まで言って下さる、寂聴さん
の素敵さ、凄い凄いの記憶力。80歳を超えて、
こんなにしっかり、こんなにチャーミングで、
こんなに神々しくて、こんなに親近感があって、
こんなに側にいる人を幸せな気持ちにしてくれ
る女性(男性も)を他に識らない。
 いざ挨拶が始まった。このパーティーの乾杯
前の挨拶ってやつ、これだけは短かければ短い
ほど宜しい、って、散々世の中で言われてる定
説だ。にも関わらず、なんで皆ああ長々と本日
の主役とは関係ないことまでしゃべるのだろう、
といつもパーティー出る度不思議に思っていた。
 余談だが、もうじき発表されるアカデミー賞
(日本時間2月26日)、ここでは各賞にノミ
ネートされた人々(特に監督)に挨拶は一人
45秒、というお達しが出た。ご丁寧に二人の
人気コメディー俳優が「あなたの長ーい挨拶、
つまらなーい」とデュエットしてる“教育ビデ
オ”まで見せている。
 で、オープニングは寂聴さんらしく、京都か
らおいでになった十何人もの黒紋付すっきりき
りりのお姐さんたちが勢揃い。古式豊かで艶や
かなお祝いの唄で、贅沢に盛り上がった。後は
寂聴さんファン代表(きっと寂聴さん好みのい
い男のはず)の気の利いた挨拶で速やかに乾杯
して、早く寂聴さんのお話や寂聴さん企画を、
と、心待ちにしていた。会場に集う1000人
余りの人々の気持ちもそうだった、と確信する。
 そこに登場したのが、文部科学大臣の伊吹文
明氏。会場の全員が一瞬あれれ???と思った
ことだろう、この場で政治家に挨拶してもらう
寂聴さんじゃない。
 地元京都を代表してお祝いの言葉を、とか、
寂聴先生は京都の至宝、とか、しゃべりだした
文明氏に、挨拶を受ける為にステージ脇にいら
した寂聴さんがおっしゃった「私、この方を招
待してないんですよ、なのに、どういう訳かご
挨拶するっていらしたの(笑)でもまあホント
にお忙しいのにね、わざわざ。招待もしており
ませんのに・・・」
 最後には「ありがとうございます」と、嫌味のないやんわりした言い方だったが、真実が判明して、会場は失笑が巻き起こった。
 大体がこのような挨拶は発起人とかに乞われてやるものだろう、“押しかけ挨拶”なんて聞いたことない。
 京都選挙区の関係で顔見せしておきたかったのかどうか、その後も長々とだらだらと、失笑ものともせず、アカデミー賞のスタッフも激怒するだろうパターンでもって、延々とおやりになって、気が済んだのか、帰られた。


 大体“至宝”なんて白々しい言葉で持ち上げなくても、寂聴さんはそれ以上の存在だ。それに「文化勲章」も思えば遅すぎる気もする。その昔、瀬戸内晴美文学を認めようとしないで、晴美さんの生き方を非難していた古く硬く貧相な人たちの塊があった。どんなに微粒になったとしても、その僅かな塊が勲章を遅らせた、と言えなくもないのではないか。
 故郷の「徳島県民栄誉賞」にしても、晴美さん時代には、徳島の名折れみたいに苦々しく思っていた人たちがいたのではないのか。それが、寂聴さんが世界的な作家、宗教家として、多くの人々に支持されるようになった。どんなに長い年月を経てようと、まあくのような小人には、やはりどっかに世間の、手のひら返し、のように感じるところがある。そんなヤな世間の代表を、その場の空気も読めない自分勝手な押しかけ男に見てしまったのだ。
 とまれ、寂聴さんは、そんなことごと先刻承知で、勲章や栄誉賞へのわだかまりなんかとっくに超越して、それもこれもあり、の作家生活五十周年への感謝なのだろう。
 今や女性作家も、好きに生きて自由に書いて、“アブない作文”だってブンガクとして出版されるようになった。もちろん見事な新世代もいる。

でも日本の現代女性作家の歴史は寂聴さんの人生に重なる。そして日本選手のメジャーの歴史は、やっぱり野茂選手の人生に重なる。
 末尾ながら、女性タレントのパイオニア、黒柳徹子さんの人生はそのままテレビの歴史だ。
黒柳さん「徹子の部屋」30周年、おめでとうございます。

しばらくご一緒にお仕事させていただきましたが、そう言えばこの方は、見事にその場の空気を読める方でしたー。


まあくのWATCHING(ビューティービジネス誌より)

ブエノスアイレスからアンダルシアへ

 9月18日から8日間、日本から一番遠い国に行っていた。目的はタンゴの本場アルゼンチンでタンゴのショーを公演する為。
 いつもは恵比寿のガーデンプレイスのガーデンホールで公演している「タンゴモデルナ」だが、このモデルナシリーズVOL.5に出演してくれた、DIAMOND☆DOGS(DD)という7人のダンスユニットがすこぶる好評で、ファンも多い。では日本からファンを連れて行き、現地の有名なタンゴ演奏者たちとの共演で、現地の人々にも観てもらう。DDのステイタスにもなるし、ファンも喜んでくれるはず。という、旅行会社の企画が実現したのだ。
 というわけで、DDメンバーと、そのマネージャー、構成演出のまあく、衣装のちかちゃん、旅行会社スタッフ、そして、ファンクラブで募集したDDのコアなファン30余名、総勢40余人が、乗り継ぎ入れて30時間かけてのアルゼンチン行きとなった。
 それにしても、である、行きと帰りで60時間、飛行機で4泊である。何と現地ブエノスアイレスでも4泊なのだ。ひぇー!である。
 そのうちまあくは半日会場の下見、1日打ち合わせ、1日リハと本番、残る一日に何と何と「イグアスの滝、日帰りツアー」を入れちゃったものだから、はっきり言ってブエノスアイレスは、泊まったプラザホテルと、タンゴのショーを演る会場となったライブハウス「ミケランジェロ」と、ホテルのすぐ横に走る街一番の賑やかストリートフロリダ通り、くらいしか確たる覚えがない。
 空港に到着して、時差ボケ睡眠不足でふらふら状態のまま訳も判らず“取り急ぎ観光”した、タンゴ発祥の地、ボカ地区のカミ二ート、ペロンとエビータが演説したモンセラート地区5月広場とピンクの大統領府、エビータも眠る上流社会専用の、ひとつひとつがお屋敷のようなレコレータ墓地など、「行ったかな」くらいの記憶はあるが。それでも夜は頑張って、現地スタッフお勧めのタンゴのライブハウスを2件、現地の人しか行かないとかのスペイン風バル、隠れ人気ステーキ屋、タンゴ専門CD店4件、アルゼンチンワインそろい踏みワイン専門店などなどを徘徊した。

 一時この街のタンゴは廃った、という噂を聞いたが、ピアソラ以降、盛り返していたのか、中々の活気で、ライブハウスはどこも盛況のようだった。内容も、ただただ男女がペアで踊るだけでなく、タンゴモデルノ(モダンタンゴ)風の振り付けや、ストーリー性を入れたりとか、それぞれの店が工夫を凝らしている。
 そしてアルゼンチンの音楽は、タンゴだけでなく、素朴なフォルクローレという、南米山岳地帯のこれまた素晴らしく魅力的な音楽があることを知った。ケーナに代表される、あの「コンドルは飛んで行く」系だ。
 睡眠不足と昼間の疲れでぼろぼろになりながらも、せめてエンターテインメントブエノスアイレス事情はと、リサーチに精出した。
 で、イグアスの滝、なんざまたブエノスアイレスから2時間飛行機乗って、トロッコ電車乗って、バス乗り継いで、もうもうその辺野生のワニなんかが昼寝してる十いくつもの橋を渡って、やっとこさ到着する。突然と水しぶき!目の前恐ろしいほどの迫力の滝、滝、山全部滝。
 アメリカのナイアガラ、アフリカのヴィクトリアと並ぶ世界三大瀑布のひとつが、三つ見て、このイグアスの迫力が一番という人も多い。
アルゼンチンとブラジルにまたがり、300もの大小の滝からなっているが、ここアルゼンチン側の「悪魔の喉笛」と呼ばれる景観が圧巻だ。
 20年程前「ミッション」という映画でこの滝を見て、絶対ホンモノ見に行くぞ、と心に誓ったあの日、を思い出しつつ、感動に滝の霧浴びてたら、「戻ります!」のガイドの声。
「なにそれ!来たばっかじゃん!」DDメンバーの新吾くんの叫びに、まあくも唱和した「イヤだ、あと10分、せめて5分、ここにいさせてぐださい!!」
 走るように橋を引き返し、今度は滝つぼに下りて、簡易合羽購入。荷物も靴も完全防水袋にしまいこみ、30名くらい乗りのボートに乗り込む。何とこれで滝の下くぐるだと。もうなにが何だか判らない、DDメンバー先ほどの新吾くんと、やさ男トシくんが「俺カナヅチなんだけど・・・」と二人して突然のカミングアウト。やや顔面ひきつりぎみで泳ぎの達人は誰かと周りを見回している。何かあったらこの二人からは速やかに遠ざかろう、と心にきめて、いざ、発進。
 中では小さい滝選んでるんだろうけど、それでも真下に来ると息も出来ない集中豪雨、いや豪滝。簡易合羽なんて何の役にもたたない。みんなきゃあきゃあと下向くが、ここが見所と、かっと目見開いて落ちてくる滝の上を見る、その勢いただ事じゃない、安物サングラスがひん曲がった。大サービスとばかりラテンお兄さんがいくつかの滝くぐってくれたが、衣装のちかちゃんは「なんでこんな怖くて苦しい思いまでして、パンツまでびしょ濡れにならなきゃなんないの?」と憮然として、はしゃぐラテン操縦者を睨み付けていた。
 朝6時の出発から、くたくたでホテル戻って夜8時、ガイドブック見ると、ブエノスアイレスからイグアスの日帰りは無理、最低でも一泊二日が必要、と大きく書いてあった。
 
 わたしたちのタンゴのショーは、ツアーで同行したファンだけでなく、現地の人たちもみんな感動した面持ちで本当に喜んでくれた。
 ピアソラがオマージュして作った「ミケランジェロ70」という曲のモチーフとなった由緒あるライブハウス、そのピアソラと一緒に弾いていたバンドネオン奏者もメンバーの、高名なアーティスト率いるタンゴオルケスタの演奏。そんな最高の状況で本場アルゼンチンでDDが踊れたこと、歌えたこと、全てが彼らの素晴らしい財産になったことは確かだろう。
 現地スタッフへの指示は全てスペイン語。最後は日本語で怒鳴ってしまったまあくが、無事ステージ創れたのは、池谷光代ちゃんという美人通訳さんのおかげ。読者の皆さんもアルゼンチン企画の際は、ぜひ彼女にご一報を。

 へとへとで日本に戻って、翌日から早速次ぎのステージの稽古が始まった。タイトルは「DIAMOND☆DOGSのアンダルシア」。そう、今度はみんなして、タンゴから、フラメンコに挑戦、の舞台なのだ。スペイン語つながりとは言え、切り替えが複雑な稽古初めだった。

 


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