まあくの長野便り 7月5日



5月はじめに長野に引っ越した次女に会う、という名目で、“月イチは長野でリフレッシュ生活”が始まった。


これまでは長女の南紀白浜だった。どちらも、いい空気に素晴らしい自然、そして乗馬と温泉、がついている。ホント、行き先親孝行な娘たちである。


5月23日に山ノ内町の御柱祭りにご招待されたのをきっかけに、初めて長野市の次女んちを尋ねてから、早や1ヶ月と数日。7月3日の先週末、二度目の次女宅を訪問。


今回のきっかけは、スキーの新作展示会を観に安曇野スイス村に行く、という次女の話しから。何とスイス村には、乗馬クラブがデーン!とある、ことをまあくはネットで見ていた!のだ。


でもって、スイス村で合流し、次女はスキー展示場へ、まあくは安曇野ホースランドへ。


此処は、新宿から出てる高速バスで、スイス村バス停下車徒歩1分。というので超便利、ってことも調べていた。


帰りは次女の車で長野まで戻り、東京へは勿論新幹線で。


でもって安曇野ホースランド。北アルプスの雄大な景色一望の広々乗馬クラブだ。


詳しくはまた「馬のお姫さま」で。





ぼくちゃんたちも出陣!




5月23日
山の内町御柱祭り(湯田中駅から車で10分くらいのところ)





御柱さまパレード


ミス志賀高原もご登場


ここんちの御柱は、怪我人もなく、みなさんご無事でした!




これまでスキー関係で何度も長野には来ているが、いつもスルーしていた長野市。これからはしっかり探索開始しようと、次の日は、かねてより一度は、と思っていた、かの善光寺さんへ。

牛にひかれて、ならぬ、次女にひかれて行ったその壮大な仏教建築は、京都で大きな神社仏閣を数多見てるまあくにしてもかなりの迫力もん。国宝に指定されてる本堂、その屋根は総檜皮(ひわだ)葺きで日本一の規模を誇る。宗派を超えて受け入れるその信仰の大らかさは好ましいが、垣間見たお坊さんの態度に“THE権威”って感じも。


どかーん!THE善光寺さん!!


 


此処で有名なのが「お戒壇めぐり」。よく言う鼻をつままれてても解らない暗さ、そんな真っ暗な回廊を壁をつたって歩き、極楽の錠前と言われる鍵を探り当てる。そこで、目の前にやっと明るい出口が現れる。これは神仏のご本尊と結縁する道場、であるらしい。次女は、目を開けていても閉じても同じと、その漆黒が怖いので、目を閉じていたが、それでも暗闇の恐怖に叫びそうになった、と。


確かにあの暗闇があと数分も続くと、まあくも耐えられるかどうか。以前長野で「ドラキュラ」の公演をしたズンキーが、此処に来て「何だか心の眼が開いた思い」と、まあくにオススメしてくれたが、まあく的には、心の眼が開くより暗闇恐怖感克服が精一杯。確かに“道場”である。


 

参道に沿ってのお土産屋さんオススメは、唐辛子の本家「八幡屋磯五郎」。唐辛子好きのまあくは、試しに七味ごまや、七味炒め油、七味オリーブオリーブ油漬け、などなど、買い込んだ。さっそく食べて感動したのが、胡麻にんにくふりかけ(七味関係ないやん!)。長女が、細ネギ(2〜3センチくらい)ときゅうり(たたいて2〜3センチくらい)に、胡麻油と少量の塩と、この胡麻にんにくをあえて、ラー油をおとして、の一品を作ってくれた。めちゃめちゃご飯にあう、チョー美味しいよん。次回はお土産で買ってってあげよう。


 

善光寺さん参道にあった、むじな地蔵パネル。
あまりのユニークなお顔とお連れの狸


こちらが本物のむじな地蔵さんと、お供の狸くん


もうひとつのオススメは、「〜磯五郎」の隣、大正ロマンただよう西洋建築の「冨士屋ホテル」。箱根冨士屋ホテルファンだったまあくは、同じ系列かと思ったが全然違う、とのこと。今は「THE HUJIYA GOHONJIN」という名で、レストラン、カフェ、ブライダル、などをやってる、とか。でもその由緒漂う建物に、今風のきちんとしたサービスも心地良く、ダイニングを見せてもらったら、これまたいい雰囲気。さっそくディナーを予約。


 


善光寺の前に、流行りのパワースポットと噂の戸隠神社にも行った。その境内側の、いつも行列有名蕎麦店「うずら屋」にも、ご利益あってか並ばずに入れ、さすがの評判の美味しさ、天ざるをいただく。


確かに山中にたたずむ戸隠神社は、樹齢何百年のご神木など、パワーっぽい。南紀白浜通いの頃に度々詣でた、熊野大社もそうだが、「“気”は“木”だ」ということを実感する。


道中、飯綱高原のドライブラインも気持ち良く、立ち寄った大座法師池も高原のオアシス。


運転する次女に「長野もいいなあ」を連発。


 

パワースポット 戸隠神社


樹齢ウン百年の御神木


いつも行列、の「うずら屋さん」
他のお蕎麦屋さんも、みな美味しそうだよ



一旦帰って着替えて(とは言ってもリゾート格好だが)冨士屋ホテルのディナーに。夜は、昼とはまた違った華やかなムードで出迎えてくれた。中庭に面したダイニングは、味もサービスも雰囲気もいいイタリアン。ワインもしっかり揃っていた。二人でワイン1本開けて、バーで一杯。


「何か白金にいるみたいだね」と、食事中、次女は懐かしそうにうちの近所のレストランの名前をあげた。


南紀白浜にもこんな場所があればもっと愉しめたのになあ、と。リゾート住まいや田舎住まいがいい、と言ってもやはり文化は大事、と結論。


 

ご機嫌で、「もう1件行こう」と、立ち寄ったのが、冨士屋ホテルから3〜4件先の「asian night market


アジアン雑貨とバー、奥にレストランもあるお店。カウンターに座って、マスターのつじさんから、これまた長野情報を聞く。隣に座ったお客さんのせいじさんも加わって、長野の夜は深夜までニギヤカでした、とさ。




6月23日〜筑紫哲也さんのお誕生日に



今年も6月23日がきた。今日は筑紫さんの75歳のお誕生日だ。

毎年世の中が「父の日」って騒ぎ出したら、今年は筑紫さんに何プレゼントしょ、って。

まあくのお父さんだったから、いつも父の日合同で何かプレゼントしてた。

今年は、長女がパパへ、って、夏物マフラー買ってるのを見て、ああもう彼の誕生日だな、って。


 それでも、25年間という長い間には、筑紫さんの誕生日を、1度だけだが忘れていたことがあった。慌てて、当日次女と一緒に筑紫さんへのプレゼントを買ったのだ。何年前だったろう?


まあくの好きなマシュー・ボーン演出「愛と幻想のシルフィード」を池袋芸術劇場に観に行った時だ。主役はあのアダム・クーパー。ソールドアウトのところを筑紫さんに無理言って席取ってもらったのだ。当時(多分)高校生だった次女もバレエ好きだったから、筑紫さんが「連れておいで」と。


筑紫さんはTBSから直接車で劇場へ。まあくと次女はまあくの“足”であるバイクで向かった。途中、今日は6月23日なのだ!と気が付いた。バイクの後ろにしがみついてる次女に言ったら「新宿通るから伊勢丹あるよ」あたふたと伊勢丹に寄って、二人で筑紫さんの好きそうなふんわりおしゃれシャツを選んだ。ブランドは、忘れた。


そのためオープニングぎりぎり、アセりまくって席へ着いたら、筑紫さんは「道混んでたろう?」って、遅い二人を心配していた。


終演後、3人で劇場の側のレストランに入って「おめでとう!」って乾杯して、プレゼントを渡した。


「さすがセンスいいね」って、いつもまあくがひとりで渡すより、数倍オーバーに次女を見てニコニコと喜んでくれた。


そんな6月23日もあった。


4年前は丁度ワールドカップの時期だった。当時は銀座のアディダスに勤めていた次女に頼んで、日本選手のブルーのユニフォームに筑紫さんの名前を入れてもらった。そんな用意周到プレゼントをしたこともあった。

去年の今日、初めて本人のいないお誕生日。


筑紫さんとよく待ち合わせた、二人お気に入りの六本木のコーヒー屋さんに行った。いつも二人で座った筑紫さんお気に入りの席で、筑紫さんの大好きだったコーヒーを飲んだ。 


六本木、赤坂、代官山、白金etcのおしゃれエリアから、谷中、根津、千駄木、上野etcの下町まで、東京だけでもいたるとこ筑紫さんとまあくのお気に入りの場所や建物やお店がある。そこらへん全て辿る気は全くないが、この日になると、ふと懐かしく、それらの場所の、空気や匂いまでも思い出す。


 

*ましゅー・ぼーんさまより。
“マシュー・ボーンの「愛と幻想のシルフィード」は、アダム・クーパーではなく、ウィル・ケンプです。”
という、コメントをいただきました。
そうでしたか、ウィル・ケンプも映画(「ヴァンヘルシング」)にも出演したハンサムダンサーさん。
去年だかに観た
「兵士の物語」(マシュー・ボーンものではありません。これはイマイチでした)でも、アダム・クーパーとW主演していたり、で、すっかり勘違い思い込みしていました。
こういうコメントいただくと、まあくのブログをちゃんとみていてくださる方々がいるんだ、って、
何だか嬉しくなります。
ありがとうございました。
ついでながら聞いたら、2005年、だったんですね。次女は高校生どころか、
もう大学卒業してますね(笑)
何だかまあくの中では、遠い昔のように思えたんでしょうね。
不思議です。20年以上前のことを昨日のように明確に想うこともあるのに、です。



6月18日 次女という存在

 

6月17日の
アンニュアージュスクール第1回が終わって、まあくもつくづく母のことを考えた。

そして、なぜか主人のことも。

そしてもちろん二人の娘のことも。

 

そういえば、これまで、麻布大学獣医学部を卒業して南紀白浜のアドベンチャーワールドに勤めていた長女のことは、大学時代から、ことあるごとにまあく連載エッセイやブログにその話題を登場させていた。が、次女のことはあまり書いてない。

 

まあくも大好きな動物つながりで何かと書いてしまう長女とは違って、次女は、青山学院短大時代からスキー三昧のヒト。

ここ2年は、まあくと一緒に旅したトルコにはまって、トルコ語とトルコ料理店に夢中だった。が、また去年暮れから、毎年の志賀高原山篭りを復活させたばかりか、5月から生活拠点を長野に移して、今年のスキーに備えるとか。

 

で、さっそく今年3月には、「全東京技術選手権大会2010」で準優勝した。

 

去年から、いろんなスキー大会での万年3位からの脱却、とか言って、前田さんと吉川くんに筋トレ方法教えてもらってたから、その報告には二人ともえらい喜んでくれたそうだ。

 

みんな次女が長野に引っ越して寂しくない?って、まあくを心配してくれるけど、これまでも毎年11月から4月まで山でいなかったし、1年弱オーストラリアのブリスベンとメルボルンに語学留学してた頃もあった。短期でニュージーランドやカナダにスキー留学してたときもあった。

 

とにかく自由に、どこでも自分らしく生きている子だから、寂しいというより、またこちらが長野に行く楽しみが増えた、って感じ。

長野市から近い乗馬クラブをさっそく探したりしてるし。

 

また皆さんに長野市情報書きます。

お楽しみに。

反対に長野市の良き情報あったらおせーてくださいね。

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5月に長野市に引っ越した次女
これから南紀白浜に変わって足しげく長野に行くんだろうなあ。

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長野市にある東山魁夷美術館、その所蔵作品も凄いが、建物も贅沢。
地方のハードって、ホントみなハンパなく立派だなあ。


合掌 デニス・ホッパー

 

5月30日の日曜日。
前日行った石井竜也さんの素敵面白コンサートの感想を娘に話してたら、

ショッキングなニュース。5月29日、前立腺のがんでデニス・ホッパー死去。すぐにあの名作「イージーライダー」でアメリカンチョッパーにまたがる彼の姿と、「ワイルドにいこう」の音楽が脳裏に浮かぶ。


そして、怪演の極み「ブルーベルベット」


サディスティックなキレ方と異常性は、ハンパなく怖い。オカマの相棒が唄う「積木の箱はお菓子のピエロ〜インドリームス」の楽曲も、甘い歌なのに、今でもそこはかとなく意味恐い音楽に聴こえる。だからか、まあくのショーに使うほど大好きなのだけど。


「フランキー・ザ・フライ」でのシブい演技も忘れられない。彼もいい歳のとりかたをしている一人で、“まあくの好み”だった。


「フランキー〜」の時、映画宣伝で来日したデニス・ホッパーさんにサインをもらった。いつものように筑紫さんに頼んだのだ。(筑紫さんのおかげで、あの「イパネマの娘」のアントニオ・カルロス・ジョビンやハンサムテノールのホセ・クーラー、トム・クルーズETC世界のスターさんのサインを持ってる。それもみんなMAKOちゃんへ、入り、だもんね)


74歳。どんどん素敵な年代になって、もっともっとシブカッコいいデ二ス・ホッパーさんをみたかった。


また一人、まあくの好きな人が逝ってしまった。合掌。



デ二ス・ホッパ−さんのサインをもらったポスター





FOR MAKO THAKNS LOVE」と書いてくださった


 


 


追伸

石井さんの今回のコンサートはファンクラブオンリー。
最後の2曲を除いて全編バラード、彼の歌の上手さを、改めて認識した2時間半。

相変わらずのステージ美術のこだわりも圧巻でした。

50歳の石井さんも、歳を重ねるごとにカッコ良くなる日本人には稀有な素敵男性。

いつまでもその美声とプロポーションと健康、維持してくださいませませ。


「SEX AND THE CITY 2」

 

SEX AND THE CITY 2」(SATC 2)


5月28日、銀座マリオン9F丸の内ピカデリーでの公開試写。


凄い大勢の人たちが押し寄せてて、開演30分前に行ったのに満員。立ち見指示された。


公開直前、1回こっきりの試写、って聞いていたから、覚悟はしていたけど。


まあそれにしても凄いオトナの女性たちの熱気、期待の高さよ。


って、かくいうまあくも、「2」の噂聞いてから、キャリー、サマンサ、シャーロット、ミランダ、
4人の前作からの“2年後”を楽しみにしていた。


それにしても試写の立ち見はないだろ、と、
余程6月4日からのロードショー公開してからでもいいか、とも思ったが、その1週間が待ちきれない。生まれて初めて端通路に座り込んで、全くゴージャスじゃない体勢で、4人の女たちのすこぶるゴージャスな体験を観るはめになった。

で、映画は、やはり皆さんの期待は裏切らない派手派手な出来栄え。
全てにちょい“頑張りすぎ、やりすぎ感”はあるが、これも「SATC」のサービス精神。
ハンパなく制作費かけられるまでに出世したTVドラマシリーズの成功を喜ぶ10年前からのファン心理もありーの、で、全て祝って許そう。ただショックだったのは、みんなスゴーい老けた。


特にミランダなんて、どーしたの?って感じ。キャリーも、久々元カレのエイダンに偶然会って(それもアラブ首長国連邦アブダビの市場で!)、食事の約束をし、そのレストランに行くシーンがある。キャリーは気合を入れてくっきりメイクをする。その時アイラインを入れるキャリーの顔がドアップになるのだが、とても老けて見えて、キツくて、怖い。ここでのホントのネライは、キャリーがすこぶるセクシーに見えるシーンであるはずだ。(ただビッグへの思いもあって、キツめ演技はサラ・ジェシカ・パーカーのネライか)


そう思うと、一番年上のサマンサが一番頑張ってる。


女性たちだけでなく、あのセクシーハンサム、キャリーの自慢の旦那さま、ミスタービッグもそう。何か、微妙に老けてた。ホントにいい男は素敵に歳をとる。歳とってモテ度が上がる男はいっぱいいるから、今後のビッグ(クリス・ノース)の変化に期待しよう。


そういう意味ではサマンサの元カレ、大スターになったスミスは、イマイチな歳のとりかた。売れない役者でバイトでウェイターやってた頃のスミスは、ホントかっこ良かった。まあく的にはジョイソン・ルイス、もっとかっこいい中年になってくらはい。


でもそうやって時が経っているのを、彼女たち彼らをとうして実感するのも悪くない。同じように自分も年をとっているのだ。人生は短い。年相応の悩みを抱えて、自分に正直に生きて、人生を謳歌している彼女たちの姿は、やはりずっと見ていたい。これでもか、のゴージャス含めて、ね。


この4人の女性たちの物語は、今後も続くことは可能だ。キャリーが50代になっても、サマンサが60才近くなっても、だ。実際、彼女たちを取り巻く時代と状況と悩みとSEXと、ニューヨークの街を描いて、SATCは、これからも「3」「4」と一般女性のゴージャス極めて続いていくかも。って思った「SATC2」でした。


そういえば日本の名作に「三婆」ってのがあるけど、ニューヨークでゴージャスに暮らす「四婆」っていうのも興味深いかも。


帰り、映画会社の早川さん、早々に引き上げるまあくのところに飛んで来て「立ち見なんて辛かったでしょう、すみません」って、恐縮しきりだったけど、まあこれも経験のひとつ、と、えらい広い心になったのは何で?


もち二度とこんな経験ずぇったい!しませんけど。ね。


 


追伸

先日、最終試写駆け込みで見た「クレイジーハート」

ジェフ・ブリッジスが車から降りてくるファーストシーンから、ああ、これは主演男優賞取るわ、って実感するほど、ジェフの最高傑作映画です。


 



1のメキシコリゾートに続いて、
今回はアラブ首長国連邦アブダビでハンパない癒し豪遊の4人!


皆様あけましておめでとうございます

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まあくブログをご覧の皆様、あけましておめでとうございます
本年もマークアイ、まあくまさこをよろしくお願いします。

皆さんのお正月はいかがでしたか?
まあく的には、 さっそく、初落馬のご報告れす。


新年は.恒例南紀白浜へ〜
元旦の朝に近所の白金氷川神社にずんきーと初詣はしたけど、せっかくここまで来たからと、湯の峰温泉に宿とって、総本山、熊野大社本宮へおまいりした。

本宮と湯の峰温泉は何度も来てるが、泊まるのは初めて。
大社から車で7〜8分にある山あいの風情ある湯の峰温泉。
ここは小栗判官が不治の病を直したつぼ湯のある温泉として有名なところだ。
最初にそのことを教えてくれたのは筑紫さんだったなあ。
判官と、てるて姫の献身愛をとくとくと話してくれた。そんなことまた思い出してつぼ湯を後に、ちょい山道登った「湯の峰荘」へ。ここは、温泉も、部屋出しの料理も、部屋も、景観も、値段もまあまあだけど、接客が全くもってダメ。

旅館に一番大切な「お客さまをもてなす心」が圧倒的に欠如しているのだ去年11月に2泊した兵庫県有馬温泉の「ねぎや楓稜閣」の接客の素晴らしさを思い出す。

温泉旅館ファンのまあくは、南紀白浜温泉なら、老舗の「むさし」「万亭」から新しい「海舟」まで、全て網羅してる。湯の峰近辺の温泉、川湯温泉も竜神温泉も、わたらせ温泉も、だ。
まあ数多の温泉旅館評論は、いつかゆっくり書きますけど。


いつもまあく一人占め、白浜の夕暮れ


暮れから1月、毎年かなり綺麗綺麗イルミネーションの白浜だけど、寒すぎ!
誰ひとりきません


熊野本宮大社。いつ来ても静謐な時間が包む。

で、白浜戻って、いつものごとくアドベンチャーワールドへ。年パス期限丁度1月10日まで、
って、ラッキー。でも次回は買わなきゃ。アドベン6枚目の年パスを。
去年生まれた梅浜と永浜ふたごパンダは益々元気、どっちかわかんないけど、危ない!ほどチョーアクティブに木のぼりしたりして。飽きないなあ。


去年生まれた永浜と梅浜


永浜(男子)か梅浜(女子)、高すぎ、暴れすぎ、こちらがはらはら


名前もこれから。あかちゃんの永浜と梅浜(2008年11月撮)


あかちゃん永浜かあかちゃん梅浜、どちらか(2008年11月撮)

まあくも「名付け親その1」になった愛浜、明浜もすっかり茶色っぽい白浜パン ダに成長。
白浜生まれなのにもうすぐ中国に帰っちゃう幸浜にお別れして、
白クマのあかちゃんとも対面。


すっかり大きくなって、マジ喧嘩の明浜(男子)と愛浜(女子)


まあくが名付け親になったとき対面したあかちゃんの愛浜と明浜(2007年3月撮)


元気で幸浜。中国でお兄さんの雄浜、隆浜、秋浜に会えますように。また成都行くね。


白くまのあかちゃん、うわーん、抱きたい!


皇帝ペンギンの、まだあかちゃんです。


皇帝ペンギンのチビちゃんもふくふくとデカくなってて。飽きないなあ。

アドベンの花形、イルカショーが、何だかグダグダになってたのが残念!いつもめっちゃかっこいいのに、どうしちやったんだろう?シャチ3頭が飛んでた感動的なショーが懐かしい。

でも、イルカと、はなごんどうだけになってからでも、迫力あるアドベンビッグオーシャンならでは、のショーやってたのに。「丸山さん、またイルカに乗ってください」丸山さんは技術もさることながら、イルカショー唯一のビジュアルのいい出演者れす。(女子キャスト、少しは水に溶けないメイクしなさい!)ショーの前に、エントランスにいた丸山さんに、ワンフーまあくはチョコ渡す。


まる山さんのイルカ姿(って着ぐるみではありません)カッコイーんですから。


アドベンイチウリのサファリは、トラムに乗ってもいいけど、ウォーキングが絶対絶対おすすめ、って改めて確信する。若いお父さんお母さんなら、子供と歩いてくらはいね。


ウォーキングでこそ、こんなことできる!窓の向こうにライオンの子供軍団。



こちらの像、買います。


このミラバケッソ、いただきます。




白浜町のお寿司屋さんは、絶対「美濃寿司」がいい。
今回浮気して他のお寿司屋さん入って、うーん。
そんなこんなの2日間、ずーとお尻痛い。ここでやっと本題れす。

白浜着いてすぐ、「きのくに乗馬クラブ」へ。デビルインサイドって凄い名前の、でかくて、しゅとしたかっこいいハンサムくんに乗っけてもらう。岡本先生に、けっこう基本的速歩、駈歩、と、「目から鱗」の教えを受けて、開眼したようないい気分で二鞍終えた。


デビルインサイドくん。なかなかカッコいい馬です。


で、次の日、障害の着地がイマイチ開眼できないまあくは、前回も乗った障害得意馬ディォくんで、かーるく跳ぶことに。4〜50センチくらいのバー、一本。八ヶ岳では、4〜50センチくらいのバー3本、80センチくらいのバー1本、続けて跳んでたから、こんなん楽勝、って感じで速足でひょいひょい跳んでた。もち着地だけは凄い意識して、先生の「馬を感じる」ことに集中して。ディォくんは、初心者でも安心の適当にゆっくり走るエライ馬だけど、障害が大好き馬。普段障害やるヒトあまりいないらしく、久々まあくと跳んで喜んだらしい。

駈歩になった時、えらい頑張って、凄い跳びをしたのだ。バーは50センチなのに、突然1メーター以上の大ジャンプ!覚悟してないこちらは、それこそ着地のことしのごの考えてて、集中力欠如。あれれ、こーんなに上にのぼるの?あれれ、こーんなに、急激に落ちるの?って感じ。着地した途端、放り出された。生まれて初めてのことだ。

30年以上と、馬歴だけは長いが、これまで一度の落馬の経験はない。インドのムンバイの海岸で、ふざけたインド人が馬のお尻におもいっきり鞭いれて、長い海岸線端から端まで疾走した時も、オレゴンで、あぶみ外して両手の手綱放して速歩しても、落ちなかった。ただ乗馬をまじめに始めたのは去年から。とはいえ、去年だけで100鞍は乗ってて、八ヶ岳でも落馬はしていない。全く初体験。お尻を思いっきり打ったが、痛い、よりも何よりも、初落馬にショック!起き上がると、即効「すぐ乗れる?」、って先生。で、同じバーを跳んだ。

落ちたままやめると、恐怖心だけ残る。その記憶を払拭するためにも、少々痛いのは我慢して、すぐ乗る。これは乗馬の鉄則。八ヶ岳でも大木先生や、落馬慣れしてる吉川くん(マジ落ちるのうまい。ムササビが飛ぶように、跳んで落ちて受身するもの)も言ってた。

ディォくん、ちょいしょげてる様子。せっかくまあくのために頑張って跳んでくれたのに、まあくがヘボで落ちゃってごめんね、ディォくん。岡本先生にも、ごめんなさい。ご心配かけて。せっかくたまにしか来ないまあくのために、ディオくん調整して、跳ばせていただいたのに。悔しいな。ホント、もっと稽古します。で、こちらは「大丈夫」って思ったが、岡本先生が気使ってくれて、お医者さんに連れてってくださった。レントゲンの結果は、ただの打撲だけ。痛み止めのクスリと湿布をもらって、チャンチャン。ただ、次の日首が痛かったらムチ打ちになってる、温泉なんか入って温めたら余計痛くなるぞ云々、ってお医者さんにおどされた。



まあくが落っこった直後。ディオくん、申し訳なさそう。


岡本先生、とりあえず、ほっとした笑顔



が、それも、翌日全然大丈夫状態。湯の峰温泉で温泉につかった。さすが、その後が怖くて、ゆっくり、とは入らず、即効お尻に冷たい湿布を貼りまくったが。東京戻って、また三連休の最後、懲りずに成田の富里乗馬クラブへ。川名先生に落馬のご報告

乗馬やってて、それも障害跳んでてこれまで落馬が一度もないのが奇跡、まあ落馬経験もしたほうがいいかも、みたいな言葉でなぐさめられた。お尻の痛みは残れど、苦手な正反動を今更ながらやっつけて、あぶみ外して駈歩、も出来た。川名先生にも「目から鱗」の提言いただき、早くも落馬の恐怖は遠く去る。お尻はまだけっこう痛いけど。


そこに障害のいくつものバー見ると、「跳びたい心」がむくむく。またいい障害馬来たから、楽に跳べるよ」って、先日の大木先生からの電話を思い出し、早く八ヶ岳行きたいよう、なんて、マジ懲りないまあくの正月休みでした。仕事しょ、っと。

12月13日 前田日明さんの「THE OUTSIDER」

 
12月13日
前田日明さんの「THE OUTSIDER」
 
トーナメントの決勝戦!
暮れの忙しさもも何のその、ディファ有明へ!
 
先週行った中島みゆきさんの「夜会」で、しつっこいほど繰り返された歌
「109番めの鐘の音があ〜鳴り止まなければどうなるの〜」
が、また頭に響きだした、って、そんなアウトサイダーでした!(どういうアウトサイダーや?!)







高垣勇二くん、最初見た時からのファン。
横浜でお店やってて練習嫌い、って、
そーゆーポジション(ホントはけっこうトレーニングしてんだろうけど)が好き!
今回は負けちゃったけど、次回ガンバ!!



決勝戦は
吉永啓之輔くんと佐野哲也くん、
 
佐野くんは強豪野村剛史くん(歌舞伎俳優さんみたいな顔した二枚目くん)を破っての決勝へ!
吉永くんは、これまた強面強い強い武井勇輝くんを、一発ノックアウト!
で超超カッコイイ決勝進出!
マジ、その真摯な姿勢もかっこいい!
佐野くんも良い子そうfだけど、もうこれは吉永くんを応援するしかありません!






見事!
吉永くんが優勝しました!!
おめでとう!、佐野くんも良く戦いました。
うあーん!いい試合するじゃん、若いこたち!
 
吉永啓之助くんって、強いし、格闘家のカラダしてるし、すっごいスター性もあるし。
アウトサイダーからスター誕生!だよ、前田さん。





吉永くん、まあくのカメラにポーズをとってくれた。
サンキュー!


ウアー!
帰りロビーで高垣くんが!
一緒にいたずんきーが、「ほら!まあくの好きなヒトだよ、写真写真!」って。
うちらワンフーそのまましちゃいました。
高垣くん
サンキュー!


帰り新橋の飲み屋で、アウトサイダー初体験で興奮冷めやらぬずんきーと。



恵比寿に戻って、やっとお仕事終わった前田さんも一緒に!
ここで「よろしく哀愁」歌ったのは誰でしょう?

では「愛の賛歌」を歌ったのは?

では「ロビンソン」を歌ったのは?

答えは2月22日、アンニュアージュトークで!(って、何やそれ!)
2月22日アンニュアージュトークファイナル〜詳細マークアイHPで)

11月6日7日 姿月あさとコンサート〜Re.fine〜ご報告

 

11月7日8日

姿月あさとコンサート〜リ・ファインご報告

 

みなさんありがとう!

おかげさまで3公演ソウルドアウト!大好評で無事終了することが出来ました。

状況柄バタバタって感じで準備して、会場も制作もゲストも、仲良しさんに無理聞いてもらって。でも、周到にやるとこちゃんと頑張りました、です。


何てってもずんきー(姿月あさとさん)気合入ってたし。ずんきーに引っ張られて、マジ素敵な素敵な感動的なステージを終えることが出来ました。


演奏と編曲は新進気鋭の作曲家・ピアニストの村松崇継くん。そしてパーカッションの山下由紀子ちゃん。

3日間日替わりゲストで、一回目公演はよっしー(東山義久くん)、二回目公演は西やん(西島千博)、三回目楽日公演は上妻宏光くん。3回とも同じゲストでも全然良かったのだけど、ずんきーへのお祝い、もあって、まあくはどうしても豪華にしたかったのです。

楽日なんて、サプライズで(ちらしにもパンフにも書いてるけど「何がサプライズや!」笑)3人のゲストが揃ってのステージ!


結果ずんきーの負担が大きくなってしまったけど、ずんきーは、まあくの気持ち判ってくれて、短い稽古期間の中、3公演全部違う演出を黙々と仕上げてくれた。

ゲストの皆さんもそんなまあくのわがまま聞いてくれて、素晴らしい“サプライズ”やってのけてくれました。


今やダンス界のカリスマ、ヨッシー、日本の誇るバレエダンサーの西やん、世界で活躍する日本一の津軽三味線奏者上妻くん。凄い凄いの皆さんがタイトな中、懸命にまあくの“何をしたいか”を探してくれました。もちろん、素晴らしい全編曲とピアノ演奏と天然トークで観客さらってた村松くんも、最高でした。ありがとう。

それもこれもずんきーの人柄でしょう。


3公演とも、最後アンコールで出てきた時のずんきーの挨拶、皆さんちょいとぶっきらぼうに聞こえたりしませんでしたか?淡々とした感じ。特に楽日。

まあくはちょいとそう聞こえました。実は舞台の袖からま近にずんきー見ててもわからなかったのですが、DVDの編集で、ずんきーのアップを見て、始めて理解しました。

ちょっと感情入れて話すと、泣いてしまって何も話せなくなる、次ぎの大事な最後の曲が歌えなくなる。だからずんきーは必死で泣くのを我慢していた。それでもずんきーの頬には涙がとめどなく溢れていました。号泣したくなるのを何とか堪えよう、と、あえてずんきーは感情を殺した淡々とした話しかたになったのです。


あんなずんきーを見たのは初めてでした。やって良かった、と、心から思いました。

スタッフ、キャストの皆さんに心から感謝します。6台のカメラを配置、総勢16人ものスタッフで、3日間全ての公演を収録してくれてたFCCの皆さん、本当に見事な編集で、4人のカッコ良さ全開の素晴らしい出来栄えのDVD作品になりました。ありがとうございました。(マークアイHPでぜひ詳細見てくださいね)


もちろんおいでいただいた皆さんにも。感謝を込めて、ありがとうございました。

「全てまあくの歌詞の曲でやりたい」ずんきーが言ってくれて、全曲自分の歌詞のコンサートが実現できたこと、まあくもずんきーに「ありがとう」です。

最後に全員で歌っていただいた「Dear My friend〜友へ」、作詞者冥利です。

ずんきーがまあくにサプライズで「リ・ファイン再演」のクス玉作ってくれてのにも感動!

それを見てあんなに皆さんが拍手してくださって、皆さんの「再演」を望んでくださるお気持ちもらったのにも感激でした。

 

あれから早くも1ヶ月がたちました。直後から、メールやお手紙で身にあまる嬉しい感想、いっぱいいっぱいいただきました。皆さんのお声を励みに、これからも素敵なステージ創ります。

 

最後に、「リ・ファイン」の、ずんきーのために作った「UTAKATA」についてのご報告です。

実は本番3日前に、突然思いついて、歌詞を増やしました。その時、今更、ずんきー困るだろうな、とずんきーのリアクションを不安に思いつつ、電話しました。

ずんきーは一言「いいよ、まあくがそう思うなら必要なんだよ」

それでずんきーの家に行って、二人でその増やしたい部分の歌詞を作りました。

そんなわけで、当日皆さんにお配りしたプログラムに入ってた「UTAKATA」の歌詞には、その増やした歌詞の部分が入っていません。

ここに改めて、増やした歌詞も含めて、「UTAKATA」をごらんください。

人生は儚い、それに思いがけないことばかり。それが運命というなら、自分はその運命と生きよう、だからこそ儚くも甘美な、美しい人生を、思いっきり生きていこう、って。これは、ずんきーと、ずんきーを応援してくださる皆さんへの歌です。

 

「UTAKATA」


紅い月が昇る 人の嘆き哂い

何もかも 流れ行く季節(とき)の中

うたかたの儚い水の泡

 

何処へ消えてなお

若く光る波

此処に抱くことはない

 

AA  サランサラン

運命は弄ぶ

わがままに戯れて

あとかたも 遺さずに

 

AA サランサラン

運命は弄ぶ

きまぐれに解かれて

その刹那 結び去る

 

きっとどこかにある

探す螺旋の果て

振り仰ぎ羽ばたくその身体

引き戻す 哀しみと喜びと

 

何処へ辿り着く

迷え紅い月

此処に戻ることはない

 

AA サランサラン

運命は 燃え上がる

AA サランサラン

わがままに 生きて行く

AA  サランサラン

運命をやりすごせ

AA  サランサラン

あるがまま 飛んで行け

 

UU  サランサラン

人生は 欲望の 渦の中

一筋の真実を探す

                          

UTAKATAの旅よ

UTAKATAの旅よ

 

まあくんちで、リファイン最初の打ちあわせ























































大浦みずきさんへ

   

 

18年前、宝塚を退団されたばかりの大浦さんを紹介してくれたのは、作家の北方謙三さんだ。初めて都ホテル(当時)のラウンジでお会いしてから、その後20本を超える大浦さんのステージを創ることになる。
ひとえにまあくが大浦さんのカッコよさにインスパイアされたからだ。

 

「コーセーアンニュアージュトーク」では、日野皓正さん、西城秀樹さん、阿川佐和子さん、横尾忠則さん、など、多彩な人たちと、トークとサプライズコラボを繰り広げてもらった。

大浦さんの魅力をより引き出したい、と創ったショー
「大浦みずき〜パンドラの匣」


京王プラザエミネンスホールを好き放題(ヒトは“斬新”と言ってくれたけど、かなり危ないこともした)に使った演出と、即日予約電話がパンク状態になった評判は、今なお京王スタッフの間で語り継がれている、と、当時の京王プロデューサーの平田さんから聞いた。


その「パンドラ〜」で、まあくはショーを創る楽しさを思い知ることになる。

その後、二子多摩川アレーナホールを経て恵比寿ガーデンルームに移った「大浦みずきスーパーライブ〜クードゥ・フードル」

ガーデンホールでのネオタンゴショー「タンゴモデルナ」。

そのどれもが、パート5、6、と続いた。「タンゴモデルナ」は、毎回メインを変えて、今なおVOL8を超えて続いている。

全てのショーに、大浦さんのお父様、お母様、お姉様が観に来てくださっていた。

東京・京王プラザホテルと宝塚ホテルでクリスマスディナーショーの構成・演出もさせてもらった。

大雪の宝塚、打ち上げも、全てが終わって、大浦さんと二人、大浦さんごひいきの隠れ家的バーへ行った。大浦さんはいつも赤ワインだった。そういえば、よく代官山のワインバーでも、次のステージはこんなことやりたい、あんなことしたい、と、いつもワイン片手に話した。西麻布でも。


まあくのやりたいステージは、いつも大浦さんを見て、イメージした。

根っからのプロフェッショナルじゃないまあくは、誰かを見て、その人に触発されないと、何にも創れない。大浦さんは、まあくの初めてのミューズだった。ショーを創る楽しさ難しさを教えてくれた大恩人だった。


「なつめさん」、ファンは親しみを込めてそう本名で呼んでいた。まあくは親しくなってもあえて「大浦さん」って、呼んでいた。飲むと、失礼にも「大浦は〜云々」って、呼び捨てにするときもあったが。

そして、長い付き合いの間、大浦さんから人の悪口を聞いたことが、ただの一度もなかった。

次から次と、大浦さんの“絵”が胸をよぎる。

 

目の前の姿月あさとさんが「大丈夫?」と、気使ってくれる。それをいいことに、大浦さんの思い出を次から次ぎにしゃべっていて、突如一抹の後悔にぶちあたった。そこで初めて涙が溢れた。

「昨日大浦さんが亡くなった」と、姿月さんに聞いてから、30分以上がたっていた。

それが大浦さんと会うことがなくなった数年の歳月ならば、時を超えたその後は、ただ、泣くしかない。11月15日、日曜日、八ヶ岳の、早い夕暮れの途中だった。

 

今や広く芸能界で活躍する沢山の大浦さんの後輩の皆さんが、尊敬する大浦さんへと、各新聞で弔辞を述べていらっしゃる。どんなに大浦さんが突出した才能のトップスターであったか、と。


同じ賛辞をまあくがここに記すまでもないだろう。ただ大浦さんと一緒に創ったショーを見てくださっていた、大浦さんファンの皆さんへ。無念、です。

金曜日の夜、意識がなくなって、そのまま眠るように逝ってしまった。長いこと大浦さんのマネージャーをしていた篠原さんからのメールに書いてあった。そのメールにも、無念、が溢れていた。

 

筑紫哲也さんと一緒に大浦さんの舞台を観にいくことが多かった。
「レ・ミゼラブル」もそうだった。終わって、東京會舘で3人でお茶した。

大浦さんの周年記念パーティーも筑紫さんと行った。それも東京會舘。

3人で写っている、そのときの写真がある。筑紫さんが真ん中で、カメラ目線で微笑んでいる。その両脇で、カメラそっちのけの大浦とまあくがしゃべっている。


丁度1年前の11月7日、筑紫さんのことがあった。今年の11月7日、まあくは姿月さんのコンサート「リ・ファイン」の本番を、ガーデンルームでやっていた。

その1週間後、大浦さんの悲報を聞くことになった。

全てが繋がっているようで、全てが偶然で、全てが何かに重なる。

「リ・ファイン」も観に来てくれた真矢みきさんが、新聞にこんなコメントを寄せていた。

「大浦さんの素晴らしさは、身体の五感が覚えている」

みきちゃんらしい素敵な一言だ。まあくはどう大浦さんの素晴らしさをあらわせばいいのか、

「大浦さんのあまりに魅力的なダンス、それはきっと、あの恐ろしく綺麗で、ちょいと意地悪気な呆れるほど長い指のせいだ。まあくは大浦さんのマイクを持つ指、マイクの持ち方も大好きだった。マイクをジーンズのポッケに、ひょいって入れる、あのセンス。本当に粋なしぐさだった。マイクに見惚れる一瞬。大浦さんにはそんな何気なくかっこいい一瞬が、マジにいっぱいあった」

って、才能のないまあくは饒舌になるしかない。

そんならいっそ、大浦さんへと、詩を書いた。

これがまあくの、なつめさんを、大浦みずきさんを送る言葉です。

 

「みずきの花」

 

夕暮れに咲く その花 花みずき

伸びやかに 凛として 

たおやかに 勇として

すずやかに 熱く燃え 

ひめやかに 絢爛と

風に揃い 風に舞い

組と整い 自由に向かう

 

花よりもなお 花と咲き誇れ

花よりもなお 花と舞い上がれ

花よりもなお 花になれ 

花よりもなお 花よりもなお

 


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